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第4話 私は誰

「ベローズ所長」



 殿下が続き部屋の奥から顔を出す。

 扉付近にはカミルさん。

 その横を通って殿下がベローズさんと向かい合う。

 アオイさんはベローズさんの腕を放し、私とベローズの間に立った。



「殿下。騒ぎ立てして申し訳ございません。ただちにこの人形を回収し、今回のことにつきましてはまた改めてご報告に上がります」



 さっきまでの興奮状態はどこへやら、姿勢を正して恭しく頭を下げる。



「戦の前、ベローズ所長はこの娘たちのことを陛下と私に報告に来ていたな」

「はい。これらの完成をご報告し、戦に活用くださいと献上いたしました」

「所長の話を聞いて思い出した。その時は娘たちと研究の詳細を話そうとしたところで、陛下に止められていたな」



 「私が聞いてわかるものではないだろう」と頬杖を突きながら、つまらなそうに手を払いながら言い放ったそうだ。

 この国の陛下が、そんな適当な態度でいいのか。

 殿下といえど陛下にはそこまで強くは出られないらしい。

 一度は食い下がったものの、「専門家が知っていて、私に害がなければいい」と。

 良く言えば……良く良く言えば、陛下は研究職員を信頼していたというのか。

 悪く言えば無責任、適当。


 そしてこの時、私は殺戮人形となるべく「作られた」ということが確定した瞬間だった。



「戦が近く私も対応に追われていたし何より幼かった。娘たちの管理は研究所に一任されていた。結局今まで詳細について聞いていなかった」

「私たちの研究が役立てていただけたのですから、些細なことですよ」



 二人の雰囲気は真逆だ。

 殿下は終始神妙な顔つきで、ベローズさんは誇らしげにしている。



「陛下には私から話をする。その際にこの娘も陛下にお目通りさせようと考えている。ベローズ所長は書面でまとめてくれると助かる」

「ですが殿下」

「そのほうが陛下には良いと考える。謁見の間ではまた以前のように「私にはわからない」と仰るだろう」

「ふむ……」

「書面にまとめたほうが、陛下は確実に研究を知ってくださると私は思うが、いかがかな?」



 ベローズ所長は食い下がるが、殿下の言葉に考え込む。

 少しして、殿下の最後のダメ押しの言葉が聞いたのか、渋々ながら頷いた。



「承知いたしました。今回のこと、後ほど報告書を提出させていただきます。ですが今回の人形らしからぬ行動については調査をさせていただかないと、まとめられるものもまとめられません」



 そりゃそうだ。

 周りの反応を見るに私の今の状況はだいぶ『まさか』なことだろうし。

 研究者という立場上、調べないといけないだろう。

 調べられる側としては、というよりベローズさんへの印象から嫌だけど。



「それについてだが」



 殿下がベローズさんとアオイさんの横を通り過ぎ、私の正面に立つ。



「報告書は戦争後の治療経過と、覚醒するまでの状況まででいい」

「と、言いますと?」

「なぜ覚醒したかまではひとまず調査は保留だ」

「何を仰いますか殿下!」



 表情を変えたベローズ所長が近づいてきたが、アオイさんが体を割り込ませた。

 殿下は私に体を向けたまま、振り向きながらベローズさんと話を続ける。



「この子のこの状況が、何か悪いということでもないでしょう?」

「魔術師団長は黙っていろ! 未知の出来事は調べないといけない! それが良い悪いは二の次だ!」

「確かにこの娘だけ意志を持ったことについては未知だ。しかし私はこの娘がどれだけの力を行使できるかが興味あるんだ」

「それは調査が終わってからでも……」

「研究者たちの探求は早々に尽きるものでもないだろう。それまでにまた人形のような状態になってしまってはつまらん。今が時だ」

「殿下……っ」



 調査とやらをやらないでくれるなら私は嬉しいと思っているが、殿下の理由はなんとなく無理があるのでは……?

 と思ったが、そこは殿下というか、自国の王太子の発言だからか、無理も無茶も言ってみるものなようで。



「……承知しました」



 ベローズさんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。



「ですが、もしこの人形に異変が起こった時には、私どもが直ちに回収し調査を行います」

「ああ。その時はよろしく頼む」

「はい」



 私を一瞥し、嵐のようなベローズさんは大股で退出していった。

 ふー、と、思わず息を吐く。



「大丈夫か?」



 目の前の殿下が私の顔を覗き込む。

 あまり見てなかったけど、一国の王子というのはこうも綺麗な顔をしているものなのか。

 金髪の髪はセットしていないのだろうか、柔らかそうででもまとまっている。

 緑色の目は同時に心配の色も見せていた。

 ……こんなときに何を考察していたんだか。



「あ、大丈夫です。すみません」

「謝る必要はない。今のベローズの話では謝るのはこちら側だ。聞いているのは辛かっただろう。すまなかった」



 姿勢を正すと背も高いな。



「あー、まあ、内容は微かに衝撃を受けた、と思います」

「微かか?」

「何と言いますか、自分のことと思えていないんですよね。他人事です」



 そこまで話して、はっとする。



「すみません。話し方がわからなくて。失礼なこと言ってますよね」

「いや、いい。話しやすいように話してくれ」

「あ、じゃあそうさせてもらいます」



 なんと寛大なお心をお持ちなんだ、と感動したと思う。

 今でも話しやすいように話させてもらっている。

 ちなみに「どれくらい行使できるのか」というのはその場での言い訳で、特に実験されたり試されたことはない。

 この時の気持ちとしては、正直さっきの話でいっぱいいっぱいだった。

 話し方とかもう何かに意識を割くなんてしたくない。



「殿下。こちらで少し休みましょう」

「そうだな」



 カミルさんが声をかけてくれて、私もアオイさんもシャワーのあった部屋から出る。

 ロタエさんは私がシャワーを浴びている間に別の仕事をしに行っていて、今は殿下、アオイさん、カミルさん、それに私だ。

 初めに座っていた場所に皆座り、アオイさんが入れてくれた紅茶をいただく。

 口を付けた紅茶は波紋ができていて、私の顔を映している。


 映った私の顔を、私は知らない。

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