第48話 たられば
ちらっと殿下を盗み見る。
瞳は参加者たちを見つめており、盗み見ていることに気付いているのかいないのか。
その顔は哀愁、と言うのだろうか。
少し寂しそうに見える。
「ヒスイのいた世界では医療が進んでいたのだな」
「私のいた世界ではそもそも魔法がなかったので、文化や技術の発展の方向性が大きく違うのだと思います」
参加者同士の体操が終えたところで、今日は終了。
殿下を除く四人で訓練場を片付け、次回の予定を確認。
最後に殿下と言葉を交わして解散となった。
訓練場の鍵を閉め、医術室までの道程の道中、殿下は私に尋ねてくる。
「いつもはどのくらいの人数がいるんだ?」
「十人行かないぐらいでしょうか」
「今日はだいぶ少なかったんだな」
「そうですね。強制参加ではないので、たまたまだと思います」
本当はたまたまではないだろうと考えている。
怪我をした参加者の望み。それは「体を取り戻したい」ということ。
その目標のために、一人ひとりの体を評価し、運動メニューを組み、実施、確認、再評価をしている。
それは私が元の世界でもやっている仕事、リハビリテーションだ。
そしてリハビリを受けている人の大部分は、人と会うことを避ける傾向があった。
親しかった人、懐かしい人、知らない人。
他人との接点を避け、一人の世界に閉じこもってしまうことは少なくない。
この国の人たちも同様で、人目を避けたがっている人は多い。
だからこその奥まった訓練場でやっている。
そして殿下は、リハビリに来ている人たちからしたら『会いたくない人』に分類されている。
怪我や病気をする前の自分を知っている人と会うのは、勇気がいるのだと誰かが言っていた。
比較されることと、比較してしまう自分が嫌なのだ、と。
殿下が廊下の途中で立ち止まる。
少し進んだところで振り返ると、真剣な表情をしと殿下が、言う。
「もし、俺がいたことが負担になってしまったのなら、謝る。そのような奴がいたら教えてくれ。どうしたらいいのかも」
……この人は、自分が見に行くと言うことがどういうことかを、理解しているのだろう。
理解した上で、見に行きたいと言ったのかも知れない。
プレッシャーをかけることも。
だが、発起人という立場上、どういうことをしているのかを把握しなければならない。
そうでないと、責任など持てない。
患者……城に仕えていた人たちに、真摯に向き合おうとしている。
私は一つ頷いて返し、笑みを返される。
殿下が近づいてきて、また、廊下を進む。
その時。
「殿下!!」
バタバタと慌ただしい音が廊下の奥から響き、血相を変えたカミルさんと数人の騎士が駆けてくる。
ただ事ではない、なんて、言わずもがな。
「どうした」
私より数歩前に出た殿下は落ち着いて対応する。
見学していた頃の柔らかくも真面目な雰囲気とはまた別の、緊張感漂う雰囲気が辺りを包む。
「緊急事態です。センリの山でウロロスの大群が暴れていると、ギルドより報告がありました」
「大群? ウロロスは今の時期は冬眠しているはずだろう。なぜそんなことになったのだ」
「詳細はまだ不明です。ギルドの方で原因を調査中ですが、国の方で急ぎ討伐に向かって欲しいと要請がありました」
「わかった。アオイにも声をかけて、準備が整い次第出るぞ」
聞いていて良い内容なのかわからないが、何も言われなかったので聞いてしまった。
スグサさんが以前説明してくれたが、ウロロスは冬になると身体が凍り、暖かくなるまで眠るのだという。
つまりは冬眠するらしい。
しかし冬眠していないのか目が覚めたのか、複数のウロロスがどこかの山で大暴れ中、と。
大変そう。
「すまん、ヒスイ。部屋に戻っててくれ」
「何を仰います、殿下」
私は「はい」と言おうとしたのだけれど。
真後ろから聞こえた苦手な人の声が、私の声を奪った。
「……何か意見があるのか? ベローズ所長」
白衣を着て、ニヤニヤと親しみのない笑顔を浮かべているのではないかと思う。
振り向けないので実際はわからないが。
そう思わせるような声色で、ベローズさんの声が廊下に響き渡る。
「魔物の討伐など、ここにいる『五番』で十分ですよ。コレを飛ばせば、早急にことが済みます。それだけのことをコレはできることを、まさか忘れているわけではないでしょう」
『五番』って久々に呼ばれたな。
モノ扱いされるのも久々に感じる。
それだけ会う人たちは私を人間扱いしてくれたのだと実感した。皮肉だ。
「ヒスイにさせなくても、俺たちでなんとかできる。それが答えだ」
「いけませんよ殿下。ことは一刻を争う。ウロロスの大群が雪崩を起こしたり、近くの町や村を襲ったらしいどうするおつもりですか」
目線の先にいる殿下が顔を歪める。
その奥にいるカミルさんも眉間にしわを寄せているのがわかる。
さらにその後ろには、騎士さんたちが小さい声で狼狽えているようだ。
地理的には、センリの山はこの国の端の方に位置していたと思う。
山の麓には小さくも栄えた街があったはず。
ウロロスであるウーとロロでもスポーツができそうな空間を埋め尽くしたのだから、その大きさが複数いるのだとしたら、確かに危なそう。
身体が動かせない代わりに、頭は聞こえた言葉を理解できている。
すぐ後ろに人の気配。
そして、嫌な予感。
「考えている時間も論じている時間も、ましては人を集めている時間もありませんよ」
気持ち悪い何かが体を撫でた。
その瞬間。
景色がぶれて、白い空間が視界を埋め尽くした。