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第46話 無くしたもの

 歩き慣れたお城の廊下を、他愛のない話をしながら進んでいく。

 景色はだいぶ見違えてしまったが、それはなんとかこの世界で景色を見る余裕があるほどに生活できている表れなんだと最近気が付いた。

 殿下が無理な理由を付けて周りを納得させるのも、忙しい時間の合間を縫って気にかけてくれるアオイさんたちも、私のために行動してくれている。

 気付くのが遅すぎたかもしれないが、突然この世界に意識を持ち直してから、出会えた人は本当にいい人ばかりだ。

 魂を選ばれたのは置いといて。

 運がよかった。と思う。



「ここに来るのも久しぶりだな」



 目の前にあるのは『訓練場⑧』と縦看板のある扉。

 ある程度の人数が集められる広めの部屋で、お城の人たちがあまり来ず使わない場所を貸してもらっている。

『訓練場⑧』はお城の中でも奥まった場所にあるので使う人もあまりいないのだそう。

 ドアをノックして入る。

 中には男の人が三人ほど。

 いつもより少ない。



「殿下! お久しぶりです」

「お元気そうで……!」

「……ご無沙汰してます」

「久しぶり」



 殿下が来ることは伝えてあった。

 伝えたうえで三人は来てくれた。

 誰もいないんじゃなくてよかった……。

 騎士の怪我は勲章、と言われているが、それは騎士として現役でいられるのならそうかもしれない。

 もしくは永いことやり切った後で、そろそろ引退かなって考えるタイミングなら、そうかもしれない。

 中には若くてまだまだこれからだったり、精神的な怪我を負って引退を余儀なくされることもあるが、この世界ではその理解はまだ少ないようだ。

 今いる三人は、切断、外傷による神経損傷、精神疾患をそれぞれ抱えている。



「すみません。時間も限られているので、殿下は少し離れたところで見ていてもらってもいいですか」

「わかった。扉の辺りでいいか?」

「いえ、できれば反対側で」

「? わかった」



 部屋の奥、扉と反対側に待機してもらい、私たちもようやく動き出す。



「じゃあいつも通りに。いつも通りの順番でやりましょう」



 最初は切断の人。

 足の中間からバッサリ切れてしまっており、歩くのに不便が生じている。

 原因は馬のような生物に乗っていた時に攻撃を受け、転倒。

 足を掛けていた金具で足自体を痛めてしまったことによる怪我だ。



「歩きと長時間付けていることで、違和感や痛み、痺れはありますか?」

「いや。最近はほとんどない。農作業してても大丈夫だ。痛みが出てきたら休憩をとるようにして、一日活動してても支障ないぐらいだ」

「よかったです。その使い方でいきましょう。予備をいくつか作ってきたので、今日は持って帰ってください。あと今日は杖は?」

「あ、忘れた」

「じゃあまた今度持ってきてください。一先ず歩けているようでよかったです」



 切断で失われた部分には、疑似的で着脱式の足を作った。

 つまり義肢だ。

 向こうの世界でも数えるほどしか作っていなくて不安だったけど、この世界特有の魔法で何とかなってしまった。

 魔法って便利。

 人体そのものが再生できるわけではないが、代償の何かを作り出せる。

 それがその人に受け入れられれば。

 止む無く足を切断してしまった人のように、歩き出すことができると思う。



「うん。怪我をした足にも体重をのせられてますし、方向転換もぶれなく安定していますね」

「ただ歩くより農作業の方がきついな」

「そんなもんです。でも無理な体勢にはならないようにしてくださいね」

「心得てるぜ」



 切断の人はもうすぐで卒業してもいいかもしれない。

 あとは支給した杖がこの人にあっているかだけだ。

 それを確認したら、卒業第一号かも。

 次は、神経断裂の人。

 怪我をしたのは腕。

 肘から下がだらんと垂れ下がり、左右の腕を見比べただけで明らかな筋力差がわかる。

 しかも利き腕なので、日常生活への影響は大きい。

 垂れた腕の管理が不十分だったので、首にかけて腕を支えられるバンドを作った。

 これで振り回してぶつけたり、踏みつぶしたりすることはなくなったが……。

 座って、力の入らない腕を触る。

 抵抗力もない腕は容易く曲がり、私が支えなければ文字通り落ちて、関節で引っかかったように止まる。



「肘を曲げてみましょう」

「……っ」

「……はい、ありがとうございます」

「…………やっぱり、だめだな」



 眼鏡の≪透視≫を使っても、肘から下の筋肉の収縮は本当にわずかなもの。

 腕の重みを持ち上げるほどの力は発揮できていない。

 さっきの切断の人と違い、自分の体の一部はここにある。

 なのに自分の体とは思えないほど使えない、そんなもどかしさがこの人の中にある。



「動かそうとする意志は腕まで伝わっています。けれど微弱なので、動かすという結果には伝わっていない状態です」

「……そうか」



 この人は諦めてはいない。諦められていない。

 怪我をしてから何年も経っているし、その間にやっていたことは、現実逃避とがむしゃらに体を使うことだけだと聞いている。

 一度失った機能を取り戻すのは、失った直後の行動が特に大事だ。

 この人は、それを当に失ってしまっている。

 この世界では、諦めなければ、それこそ魔法のような力でなんとかなるのだろうか。

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