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第34話 騎士の怪我

「ふふふ。実はね、お体のこと以外、可愛らしいお嬢さんがいるってことは少し早く聞いていたの」

「そう、なんですか?」

「そう。さて、なぜでしょう」



 片手を口許に当てながら、楽しんでいる。

 聞いていたと言うのは、つまりは身近に関係者がいたのか、はたまたご本人が城にいたのか。

 小柄な上に、私の回答をわくわく音が聞こえてきそうな面持ちでこちらを見る様は、いたずら好きの子どものようにも見える。

 お淑やかだったり子どもっぽかったり、最初の印象で感じた年齢は実際どうなんだろう。



「関係者と繋がりがあるか、お城に来ていたとか、ですか?」

「そう、正解。関係者と繋がりがあるの。ではそれは誰でしょう」



 うーん。

 ご年齢が不明確だけど、近そうな人だとベローズ所長や陛下あたりかな……。

 ベローズ所長は、もしかしたらおだてれば機密でも話すかもしれない。

 陛下はよく知らないだろうから話さなさそう。

 でもあの二人がこんな優しそうな女性と知り合いとは……想像できないかな。

 となると知っているのは殿下の周辺の人たちや一部のメイドさん……。


 考えても考えても決め手がなく埒があかない。

 一番可能性があるのは担任と生徒という関係の殿下だが……殿下なら今この場にいるし、勿体ぶる必要はない。

 殿下から聞くよりも前に、ということだろうし……。

 いつの間にか唸り声を上げていた私を、クザ先生と殿下は対照的な表情で見守っていた。

 片や笑顔、片や、苦笑い。



「んーーーーー…………殿下、ですか?」

「ふふっ、残念。正解はね、カミル君よ」

「あのカミルさんですか?」

「そう。あのカミル君」



 騎士団長のカミルさんの関係者だったようだ。

 どういった繋がりなのか、想像がつかない。

 まさかお母さん?

 クザ先生は私の隣に椅子を出し、腰かける。

 そして変わらず優しい、柔らかい笑顔から言葉が紡がれる。



「カミル君はね、私の旦那さんなの」

「……え!?」

「ふふふ。驚いた?」

「はい……あ、すみません。失礼なことを……」

「ううん。驚くのが普通よ。驚かせようと思ってこういう伝え方をしたのだし」



 「ごめんなさいね」と。

 少々悪戯好きのような性格が垣間見えた。

 そして同時に、あの大柄で仏頂面のカミルさんと、小柄でほんわかしたクザ先生がご夫婦ということに、違和感も納得もある。

 クザ先生は、膝に置いていた私の両手をとって、両手で包み込む。



「貴方のことを知っている理由は他にもあるのだけど、そちらはいずれ。今日は貴方がこちらにお顔を見せに来てくれると聞いて、是非お会いしたかったの」

「えと……なぜですか?」



 カミルさんにはとってもお世話になっているし、お礼を言いたいのは私の方だ。

 クザ先生とお会いしたのは本当に今日が初めてだろうし、お礼を言われる理由がわからない。

 殿下を見れば壁に寄りかかって、慈愛の表情でこちらを見ている。

 この状況は想定済みなのだろうか。



「カミル君の手首の包帯、巻いてくれたと聞いたわ」

「あ、講義してくれた後に、ほどけかかっていたので」

「ありがとうね。「早く治るように」と気を遣ってくれたのだと聞いたわ。騎士にとって体は資本だから、カミル君の体を大事に扱ってくれて、嬉しいわ。ありがとう」



 本当に。本当に。

 少しひんやりとした手に包み込まれて、私の手先が温まっていく。

 言葉にも熱が溢れているようで、耳も胸も、温かさを感じるようだ。

 クザ先生は何度も「本当に」と「ありがとう」を繰り返し伝えてくれて、少し恥ずかしい。



「……私には、それぐらいしかできません。むしろお世話になっていてお礼を言うべきなのは私の方です」

「「それぐらい」なんてことないわ。あの人、不愛想で人付き合いも苦手なの。そんな人がヒスイさんのことを気にかけていたから、どんな人か会ってみたかったの。「お礼を」と言ってもらえるほど、ちゃんとお相手できているようで嬉しいわ」



 確かに愛想がいい方ではないと思う。

 それでも真摯に向き合ってくれているのが伝わる、真面目な人。

 時々おっちょこちょいだけど。



「カミルさんは、お城でも私が一人でいると、話しかけてくれます。体調が悪いことにも気付いてくれて、優しく接してくれます。この世界のことも、わかりやすく説明してくれました」

「うふふ。それが聞けて安心したわ。あの人も騎士としてはいい歳なのに、まだまだ頑張ろうとするから……もしお手間じゃなかったら、ヒスイさんからも気にかけてくれないかしら」

「私でよければ、よろこんで」



 私なんかで良いのだろうか、という言葉は飲み込んだ。

 せっかく私にここまで感謝の意を示してくれている人に対して、「私なんか」と表現するのは、失礼なんじゃないかと思ったから。

 本当に、やったことは包帯を巻き直しただけ。

 それもあやふやな知識だったのに。

 それでもクザ先生……奥さんは、これほどまでに感謝をしてくれるものなのだろうかと疑問に思った。

 が、すぐ、わかった。


 カミルさんは『騎士』だ。

 クザ先生の言った通り、体が資本の職業だ。

 怪我をした手首が治らなかったり、治癒が遅ければ、その後の活動にも支障が出てしまう。

 もし不十分なまま仕事として戦うことがあれば、最悪、命を落とすのだ。

 そして治癒魔法が乏しいこの世界では、騎士が怪我をするというのは、想像よりもずっと、重いことなのだろう。

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