第142話 脱出
「……」
光が消えて、人の気配も消えた。
足音も他の生き物もいなくなり、ただただ小川のように小さい水の音が流れる。
それは安心を与えるという効果は得られず、なぜか集中して周囲を探る。
いないとわかっている。
いないはずなのに、「もしかして」と思ってしまう。
通路の全域。
水のある空間の全域。
明らかに土の中も探って、探って、探って、ようやく大きく息を吐けた。
「……はあぁぁぁあー」
「ふー……」
私よりも緊張しているように見えたけど、私の方が緊張していたかのようなリアクションの差だ。
二人して呼吸が浅くなってしまっていて、安堵から心臓が思い出したかのように活動を再開する。
ばくばくする。
「行きましたよね」
「た、たぶん」
何度も確認したけれど、もう一度確認。
魔力を探る。
そして確かに誰もいないだろうということを確信にして、隠れていた場所からこっそりと顔を出す。
私たちが隠れていたのは、実は通路の出入り口の下。
研究員たちがいた通路と平行に穴を掘っていた。
まさに灯台下暗し。先を見るために灯を照らすから、足元はより暗く見える。
探しに行って足が見つかったのが良かった。
ホローテは気の毒だけど、それが早々に見つかったおかげで、通路の下は探られなかったのだとも思うし。
魔力を探られていたら完全にばれていたと思うし。
念には念を入れて、目視でも誰もいないことを確認。
土でできた壁を風でえぐり、狭い空間から解放された。
最小限のスペースだったから、二人とも体育座り状態だった。
二人して立ち上がっては、両手を大きく上げて伸びる。
「戻ってくるとしても通路の奥からでしょうが、今出ると鉢合わせの可能性もありますかね」
「た、確かに」
「じゃあそれまで、ここで静かに過ごしていましょう。時間をおいてから脱出します」
土を背に座り込む。
活動時間より緊張のせいで疲労が溜まっている。
まさかベローズさんがいるとは思わなかった。
あの人の声はまだトラウマだな。
声すらも聴きたくない。
私に倣ったのか、二人分ぐらいの間隔をあけて、ナオさんも同じように座り込んだ。膝を抱え、その膝を見つめ、縮こまる。
静かにと言った手前、話しかけるのはいかがなものだろうかと思うのだけど。
まあ黙っているだけというのも間が持たない。
と思っていたのだが。
「じじ、治るかな」
ぽつり、と呟いた。
聞いてきているのかはわからない。
答えるべきだろうか。
答えるべきだろうな。
ここまで来てもらったんだし。
「わかりません」
「え……」
膝を見ていたであろう目と顔が、私の方を向いた。
私はその視線を避けるように、顔は前に向けたまま、見えていないはずの目だけを向けた。
「じじさんが寝込んでしまった理由が、現状わかっていません。今回のホローテの件がヒントではないかとは思いますが、具体的な追及はこれからです。むしろホローテが関わっていないとしたら、初めからに戻ります」
「そんな……」
酷なことだと思う。
少なからずの期待を持たせてしまうのはわかっていたから。
嘘をつくのも違うので正直に答えた。
結局、傷つけてしまっているのだが。
「……今日、戻ったら、早々に調べます。そして早く報告に上がります」
「……う、ん」
心ここにあらず。
上の空。
膝の頭に視線を移し、声は今までで一番小さくてほとんど聞こえない。
この状態では話なんてできる状態でもない。
そうさせたのは私だけど、反省をしても改善ができない。
ので、余計なことはこれ以上言わないことに努めた。
―――――……
「じゃあ、始めるか」
あのあと、弟子は地上の様子を探ってから、脱出用の魔法陣を使用して地下から移動した。
日暮れとは言わない程度に日が傾いており、午前中から随分な時間が経過していた。
地下にいたらやはり時間間隔が狂うようだ。
地上に出て急いで療養院に戻り、何食わぬ顔で医術師と合図を交わす。
詳細はの後ほどということで接触は少なく、夜までは医術師の見習いとして過ごしていた。
ちなみに目隠し君は、話しかけず、遠い位置で仕事に励んでいる様だった。
そして現在。
部屋の真ん中の魔法陣の中に、一体のホローテ。
―― この魔法陣は?
「ま、私様専用のものだな。調査のためによく使ってたんだ」
主に生態調査の。
今回はうってつけだろう。
私様もホローテについては調べたことはほとんどない。
こうして元気な個体は初めてだ。
今までは剝製や四肢だけだったりだったな。
床に描かれた魔法陣に足の裏を向ける。
次第に薄く光り、ぼーっとしているホローテを下から照らす。
相も変わらず逃げる様子もない中のそいつの周りに、文字が浮き出ては消える。
「……ほうほう。ふむ。……へー。ああ、なるほど」
この個体の情報、種族の情報が文字となって提示される。
そこで分かったことは、このホローテという種族。
『不老』というのは本当らしい。
正しくは『脱皮をすることで怪我を治癒し、老いを悟らせない』というもの。
見た目が老いないだけで、ダメージの蓄積や寿命はあるらしい。
なので『死』という概念はある。




