第118話 小休止
んがっ。
……ここは、宿……?
記憶には薄いが見覚えのある天井。
着ている服は知らないものだが、部屋の構造は知っている。
ベッドも……なぜ寝ているのか。
―― よー。起きたかー。
内から聞こえる声はいつも通り。
「お、おはようございます……」
―― もう夜だけどなー。
「全然寝た時のことを覚えてないんですけど、何時間ぐらい寝てました?」
―― 一日。
「ん?」
思わず聞き返したが、返事はなかった。
ホントに……?
昼過ぎまでヤビクニの処理をして、マルス様の家まで行ったのは覚えている。
そのあとギルドに行こうとして……あれ?
ここから覚えてない。
頭に何か乗っている……タオル。
続き部屋の扉が光ってる。
カエ様とロタエさんは隣、かな。
服のことと、寝てしまっていたことと聞きたい。
体のだるさは残っているが、頭はすっきりしている。
この世界にも重力ってあるのだろうか。
あるとしたら重力が増えたように感じる。
なんとか二本の足で歩きながら、扉を開ける。
「お」
「こ、んばんは」
二人で向き合って書類に目を通している。
二人は部屋着に着替えていて、仕事しているようだがリラックスもしているみたい。
殿下が立ち上がり、寄ってくる。
仕事しているところに入っていいものか悩む私は立ちっぱなしだが。
目の前まで来た殿下が手を伸ばした。
「っ」
「うん、熱は下がったようだな」
「熱……?」
熱、出してたっけ。
「覚えてないか?」
「はい……すみません、ご迷惑をおかけしました」
「気にするな。むしろ気付くのが遅くなってすまなかった」
「そんなことないです。知らないうちになにかやらかしてませんか?」
「なにか……」
なにかやらかしてしまったらと思って聞いてみた。
ら、固まってしまった。
え、何。
やっぱりなんかやった? え、怖い。
うわあああどうしよう何やらかしたの全っ然覚えてない。
怖い怖い怖いやだやだやだ。
え、何か言って何か言ってくれないと嫌な考えばっかり浮かぶってホントはやくうごいて
「失礼、カエ様」
「はっ」
「座りましょう。ヒスイさんは病み上がりですし」
「そっうだなっ! ヒスイ! なんもなかったから安心しろ!」
「あ、そうなんですか……、よかった」
後ろから現れたロタエさんの声に硬直が溶けたようで、今度は忙しない動きをしながら否定してくれた。
なんもやらかしてないならよかった。
なんで固まっちゃったんだろう。
二人が座っていた場所に案内される。
扉を開けた瞬間にあった書類は、ロタエさんの近くにまとめられていた。
「今、明日どうするかについて話してたんだ」
「あ、すみません、丸一日寝てしまってたんですよね」
「ああ、わかったのか。俺たちもゆっくりできたし、回復したのならいいんだ」
それでだ、と。
カエ様と目で合図を交わしたロタエさんから書類の中から一枚受け取る。
見ていいということなのだろう。
文字を読むと、お祭りがあるらしい。
今日から三日間。
ギルドの近くの海沿いを屋台が出たり、催し物があったり。
夏祭りのようだ。
「これは……?」
「明日まで休んで、回復したら行ってみないか?」
「え」
行きたい、けど、一日寝てしまったし、良いのだろうか。
自己管理が出ていなかっただけに、誘われてもすぐ頷けない。
自分のせいで進捗が遅れているのだから……。
でも、せっかく言ってくれたのに……。
「よし、行こう」
「えっ」
「行きたいんだろ? 見ればわかる」
してやったり。って言っているような、悪戯っぽい笑顔。
思っていることを当てられて、悔しいやら嬉しいやら。
表情は変わりにくいと思っていたけど、読み取られるまでになったのか。
カエ様とロタエさんが話を進める。
「あの」
「ん?」
「予定は大丈夫なんですか? 一日寝てしまっていたのに」
一番気になること。
二人とも忙しいのに、わざわざ私のために時間を作ってくれた。
それなのに私は丸一日潰してしまったのだ。
お祭りに行けるのは嬉しいけど、予定が押してしまうのなら行かずに次の任務に行きたい。
「ヒスイさんは本当に「気にしすぎる性格」なんですね」
「カミルさんにも言われました」
「その人から聞いていました。大丈夫ですよ。むしろ空き時間ができてしまうほどでしたので」
そう言ってもらえると、ようやく安心できた。
ロタエさんが言ってくれるからこその安心感というのもあるだろう。
計画的にこなしていそうな人だから。
いつの間にか力の入っていた肩と胸を撫でおろす。
気張って伸びていた背筋も弛んで、椅子の背もたれに寄りかかってしまった。
重い息が吐きだされる。
「もっと力を抜いていいんだ。そんな気にする相手でもないだろ、俺たちは」
「いや、殿下はそうでもないですね」
「なんだと」
「だって殿下ですし」
もっと子どもっぽかったりならまだ気にしなさそう。
「殿下が同級生なら、たぶん大丈夫でした」
「じゃあシオンは気にしていないということか?」
「そうですね。シオンはむしろ、敬語しか許してくれません」
「ほう……?」
たしか敬語と交換条件で、名前呼びになったんだ。
「同級生なのに仰々しい」と。
まあ一理あるなと思ったし。
そのあとも雑談をして、早二日。
調子はほぼほぼ回復し、お祭りの準備をしていた。
なんと、行くのは私と殿下と、二人だけらしい。




