第116話 離れがたい熱
道中、二人の後ろをついて歩く。
二人は何か話しているようだが、ちょっと歩くのに精一杯で理解までは難しい。
なんか懐かしいな、聞こえてるのにわからないなんて。
足が止まる。
前が止まったから。
「じゃあ、後は頼んだ」
「はい。必要なものがあればご連絡ください」
「わかった。じゃあヒスイ、行くぞ」
「? はい」
なぜか、ロタエさんは海の方に。
カエ様と私は別方向に進む。
二人が何お話をしたのかわからず、とりあえず、カエ様について行く。
後ろを歩いていたつもりが、カエ様は自然と隣に並ぶ。
そして何を思ったか、腕をとられた。
「……あの?」
「なんだ?」
「……なんでしょう?」
まぎれもなくがっしりと左腕の二の腕を捕まれています。
少し見上げた先にある美麗なお顔は至って真剣で、ふざけているわけではないのが一目でわかる。
だからこそ、聞き返されて困った。
私、何かしたかな。
考えて、歩いて、考えて、歩いて、考えるが、わからない。
あゆみは止めない物の、わからな過ぎて言葉が出てこない。
それを察したのか、ぽつりと呟いた。
「離しはしないぞ」
「……なぜ?」
「倒れないようにだ」
え……?
「……まさか、気付いてないのか?」
えぇ?
双方びっくりして、ついに足が止まった。
いつの間にか賑わう町中に入ってきて、邪魔そうに見られながらも足は棒。
捕まれた腕はそのままに、反対の手で頭を抱えた。
下向いて、上向いて、首を捻って。一人逡巡している。
私以外の目は怪しいものを見る目になっている。
手が離れて、その顔は呆れ顔。
「……いや、いい。一先ず行こう」
何があったのか。
聞く暇もなく、足をっすめるカエ様に連れられる私。
この道のりに心覚えがあったため、とりあえず何も言わずについて行く。
寄り道もなくついたそこは、前日から泊っている宿だった。
受付を通し、カギを受け取って部屋に入る。
カエ様は躊躇いもせず私とロタエさんが使っている部屋に入った。
「どっち使ってた?」
「えと、手前を」
「よし」
連れられるまま、手前のベッドの足の方に座らされる。
カエ様が目の前に片膝を立てて座り、いつもは見上げる顔が、見下げる形でより近くにある。
跪かれ、金髪の隙間から見える黄緑色の上目遣いの瞳に、自分が写っているのがわかる。
手を伸ばされる。
伸ばされた手は、私の頬に触れた。
剣を使っているからか、掌はマメができているようで少し硬い。
努力の証。男の人らしい掌が頬を包み、長い指が耳まで届いている。
全体的にひんやりしていて、気持ちよくて、目を閉じた。
あ、なんか目頭が熱い。
「……っ」
ぴくり、と手が震えた。
それでも一度閉じた瞼同士は離れがたいようで、私の頬と一緒だった。
ぼーっとする。
眠い。寝てしまいそう。
体が傾くようだ。
鼻がツンと痛い。
「……すまんな」
思ったよりも近くから、いつもより低い声が聞こえた。
何に謝ったのかわからず、聞く暇もないまま、確かな浮遊感を感じた。
「……え」
背中と膝の下と体の側面に温かさを感じる。
視線の先はカエ様の胸元。
温かさに身を預けたい気持ちと、どういう状況なのかという疑問が入り混じる。
振動を何回か感じ、止まってから浮遊感。
背中に柔らかさを感じ、天井が見える。
ベッドに寝かされたのはわかった。
無地の天井が歪む。気持ち悪い。
逃げるように目を閉じると、瞼の裏も歪んでいた。
瞼同士は離れたくないようで動いてくれない。
「触るぞ」
額がひんやりとする。一転して気持ちよく、いつの間にか力の入っていた眉間が緩む。
数秒、そのままでいてくれて、落ち着いた。
「かえさま……?」
「そのまま寝てていい」
「はい……」
声にも力が入らず、わずかに掠れていた。
布のこすれる音。
歩く音。
水の流れる音が聞こえ、止まった。
また歩く音。
近くにいる。
すぐ隣。
前髪を避けられ、ひんやりとした手が額に掠る。
すぐにまた別の触感をしたひんやりとする何かが肌に触れた。
たぶん、タオル。
「ふあーーー」
クスっと笑った声がした。
「寒くないか?」
「少し、寒いです」
また布が擦れる音がして、私の体全体に何かが乗せられた。
触れた布はひんやりしていたけど、自分が温かいのか、すぐに気にならなくなった。
「ここにいる。眠ければ寝ていいからな」
返事をしたつもりが、声が出なかった。
口は空いたかな。
それが見えていれば、無視したつもりはないことは伝わるかな。
すぐ隣に人の気配を感じる。
一向に離れようとしない上瞼と下瞼に呆れる。
全身が脱力して、受け止めてくれるベッドに安心感を抱き、頭の中では浮かんでいる感覚を持つ。
中からか、外からか。
優しい声で「おやすみ」と聞こえた。




