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第10話 回想の香

 今日はロタエさんが講義してくれる。

 アオイさんの時と同様、場所は私が借りている部屋だ。

 と言っても、さすがに実技はできないので魔法の座学を行う。


「魔法については団長と内容が被らないよう、属性でわけることにしようと思います。学校では全部の属性を使うわけにはいかないので、まずは得意な属性で魔法を使うことに慣れましょう」

「わかりました」

「私が教えられる属性は水と風と闇、と無属性なので、無属性は必須としましょう。それ以外の三つの中からまずは一つを決めます。属性文は覚えていますか?」



 『属性文』というのは、魔法の起動を補助する文言のこと。

 それぞれに属性を示す言葉が入っている。

 属性別かつ難易度別の属性文を唱えることで、呪文と合わせて魔法の質を上げたり、むしろ呪文を省略したりすることができる。

 ただし、初級魔法については属性文が呪文と同義となる。



「風はナル、闇がデス、無属性がアー、水が……イズ?」

「正解です」



 風はこっそり使ったことあるし、闇はなぜか耳馴染みがあった。

 無属性と水は自信がなかったけど、あってた。よかった。



「では実践。(デス)上級魔法(ゼヴェニィ)

「わっ」



 ロタエさんが属性文を唱え、私は灰色の球体に取り込まれる。

 焦って見回すが、呼吸はできるし、景色も少し霞んではいるが自分の部屋が見える。

 足は球体の分で床から浮いてはいるが、動きに問題はない。

 球体の外側からロタエさんの声がする。



「今から無属性以外の三属性の初級魔法を一定時間使い続けてください」

「この中なら大丈夫、てことですか?」

「はい。この魔法は闇属性の上級魔法。あなたほどの魔力でも手錠をしていますし、初級魔法なら破られることはありません。初級魔法が暴走したとしても、あなたが傷つくほどのこともないでしょうから、落ち着いてやってみてください」



 目元を和らげて微笑んでくれて、安心を覚える。

 周囲についてだけでなく、私自身にも危険が少ないことを教えてくれて、本当に私を人間扱いして、大事にしてくれているのが伝わってくる。



「……では、いきます」



 まずは風魔法から。



(ナル)初級魔法(トゥワン)



 私の周りの空気が風となって、服や髪をゆらりとはためかせる。

 心地の良い、草原で感じた柔らかな風に似た印象を抱く。

 ふわふわと絶え間なく、頭の先から手先、足先まで集中して、全身で風を感じる。



「…………はい。止めてください」

「ふう」



 一定時間が経ったのだろう。

 ロタエさんの声で魔法を止める。



「疲れはどうですか?」

「大丈夫です」

「では次の属性に行きましょう」

「はい。……ふー。(イズ)初級魔法(トゥワン)



 深呼吸をして、次は水属性の魔法。

 どこからか水が出てきては、生き物のように私の周りに浮遊する。

 その姿は一本の縄のような、一匹の蛇のような、細長い形をしている。

 水を絶やさないように、多すぎず少なすぎずの魔力を流し続けて維持する。



「うん。いいですね」

「っはー」

「疲れましたか?」

「いえ、大丈夫です」



 緊張はするけど、疲れるほどじゃない。

 ちゃんと使えているようでむしろ楽しい。



「次、行きますね」

「どうぞ」

「……(デス)初級魔法(トゥワン)



 足元の影が形を変えて、水と同じように私の周りに浮遊する。

 巻きついてくるようで、しかし一定の間隔をとっている。

 初級魔法はその属性の形を変えるだけのものが多い。

 威力よりも操作重視の魔法だ。

 それと、闇属性については精神魔法が多いらしい。



「いいです。止めてください」

「はい」

「三つともいいですね。どれかと言えば風でしょうか」

「そうですね。差はどれも感じないですけど」

「緊張している様子が一番なかったですね」

「……わかりました?」



 緊張しているのは確かだったけど、見た目でわかるほどだったのか。



「これは闇属性魔法の≪実況中継部屋≫という魔法です。結界や拘束的な役割もありますが、中にいる者の精神状況を読み取ります」

「あ、そういう魔法だったんですね」



 バレバレだったんだなあ。というかすごい名前。

 ロタエさんは球体の魔法を解いてくれた。

 ソファーに座り、入れてくれた紅茶を飲む。

 ロタエさんが向かい側に座り、ガラスの入れ物を机に置いた。



「少し早いですが、今日の講義はこれで終わりです。次回からは風と無属性の魔法を練習しましょう」

「わかりました。よろしくお願いします」

「それと、これをお渡しします」



 ガラスの入れ物をテーブルの上で移動させ、私の目の前に置く。

 よく見ると中には石のような、飴のようなものがいくつも入っている。



「これは……?」

「≪回想の香≫という、魔法が込められたものです」

「かいそう?」



 一瞬海の藻を思い浮かべたが、過去のことを振り返る方の回想らしい。

 ガラスのふたを開けてみると、氷のように透けたガラス玉に似たものがいくつも入っている。

 香というので嗅いでみたが、これといった香りはないように思う。



「これを寝る時に枕元に置いておくと、昔の記憶が夢となって想起されます」



 昔の記憶。

 それは私が『ヒスイ』と名乗る以前の、スグサ・ロッドの記憶のことか。

 それともそれよりも前の、魂が召喚される前の、前の世界の記憶も含まれるのか。



「あの……この体になる前の記憶も含まれるのですか?」

「すみませんが、わかりません。なので使うときは私や団長がいるところでということをお願いします」

「でもそれは、さすがに時間をもらいすぎてしまいます」

「殿下にも話を通していますし、この魔法は催眠効果もあります。必要睡眠時間も明らかになっていますので、書類仕事の時に横で寝ていてくだされば支障ありません」



 仕事をしている人の横で寝るというのも、申し訳ないと思うのだが……。

 使うことは、怖い。

 何を思い出すのかわからないし、前の世界を思い出して悲しくなるのかもしれない。

 もしかしたら私が参加した戦いのことも思い出す可能性がある。

 むしろなにも思い出さなかったら安心するのだろうか。

 ……夢を見ないということは、人形ということの裏付けになってしまうのではないか。

 何も言えず、香が入った入れ物を見つめている私を見ながら、ロタエさんが変わらず優しい声で言った。



「使うのが怖ければ、使わなくてもいいんです。使いたくなったら使うでもいいんです。使いたいときは、言ってくださいね」



 私の飲みかけの紅茶と香をそのままにして、ロタエさんは講義で使った道具を片付け始めた。






 ―――――……

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