第107話 ≪隔絶された水槽≫
洗い流したい。真っさらに。
そう考えて、一応練ってきた作戦を頭の中で反芻させる。
目を閉じて、イメージする。
廃村ということだけあって、自然は多い。
多いというだけで全く整備はされてはいないが、それはそれで自然と言ってもいいのかも。
「さて。さっそくやるか?」
「はい」
目の前の村を見据えて、荷物をその場に下ろした。
荷物を探り、小さい巾着を取り出す。
さらにその中の石を三つ取り出した。
「一応、使って下ると安心なのですが……」
「これは?」
「感染対策、のようなものです」
カミルさんや負傷兵たちに反響があった魔石を改良したものを、二人に渡す。
ラースは体に纏わせた錆や、本体そのものから飛沫する病原菌を、人間にも悪影響があるものとして巻き散らす。
これから行う方法は飛沫する可能性は低いのだが、暴れることがないわけではないので、念のため。
石には風の魔法を込め、使用者の周囲に風を起こすようにした。
めちゃくちゃ弱い台風のようなもの。
二人とも風属性は持っているだろうが、石を使った方が他の魔法を使えるし、何より燃費がいい。
首から石を下げ、魔力を込める。
念のためさらにスカーフを巻いて、より錆と病原菌と吸い込まないように対策する。
「何かあれば合図してくれ」
「後ろに控えてますからね」
「ありがとうございます」
二人よりも前に出る。
村の入り口だろうか、丸太で作られた仕切りの中に入る。
耳を澄ませば、微かに聞こえる物音。
方向は正面、多方から。
姿こそ見えないものの何かがいるのは間違いない。
小さく深呼吸をして、中の人に話しかける。
「スグサさん。指示をお願いします」
―― あいよ。
楽しんでいそうな声が頭の中で響き、不安が取り払われる。
この人はたまに不安にもさせるけど、それ以上に安心感を与えてくれる。
同じ体を持つという贔屓目はないと思う。
それこそが『最高位』と言われていた証なのだと、カエ様たちの話を聞いた後だからこそ思う。
―― じゃあまず、正面左。奥行き分までしっかり囲め。
「はい」
指定されたものを見据え、左手を伸ばす。
建物の枠組みが辛うじて残っているそれを確認し、余裕を持って範囲を決める。
「水・中級魔法 ≪隔絶された水槽≫」
シオンがロアさんとの決闘で使っていた、危険な魔法。
危険な魔法ではあるが、今回は討伐が目的なためコスパも考えて使うことにした。
ラースは群れを作る。
小さい群れなら十数匹程度だが、一つの村に巣食っているならば百、千単位でいるかもしれない。やりきることを目的としたら、コスパは重要だ。
空気のない≪水槽≫の中では、底の方で藻掻く、拳大の生き物が見える。
小屋程度の範囲だが、小さい群れ程度では収まらない数がいるようだ。
うじゃうじゃと。
三十はいるか。
―― 次。右奥。地面下も含めろ。
スグサさんに指示してもらっているのは、コントロール訓練のため。
指定された部分に的確に発動できるかを評価してもらっている。
属性文と魔法名を唱え、地面に食い込んだ≪水槽≫を作る。
土の中から小ぶりなラースが空気を求めて搔き出てきた。
―― でかすぎ。次。その裏にある形の残ってるやつ。同じように地面含む。
「はい」
指示と指摘された内容を自分に取り込み、同じことを繰り返す単純作業。
こんなふうに駆除をした記憶はないのだけれど、淡々とやっている自分は何を考えているのだろう。
別に、虫を殺してしまったことはある。
それが動物のような見た目になっただけ。
それが、この世界では普通に有り得ること。
前の世界では、殺す対象……命を主観で選別していた。
動物愛護もあった。
それが、この世界では動物以外に魔物という種類がいて、それは害獣に分類されていて、必要があるから討伐している、ただそれだけ。
違和感、ギャップ、虚無感。
例えようのない感情を持ちながら、納得させる言葉を探す。
これが普通。これが日常。
害虫・害獣駆除という仕事はあったんだから、それに転職したようなもの。
人間の生活のために必要なことと割り切る。必要とされているのだから。
やり慣れていないだけ。
動物型のものを、殺すということを。
―― 弟子。
「っ、はい」
いけない。ぼーっとしてた。
―― 不調は?
「ありません」
―― よし、じゃあ次。畑を囲む。
家よりも高さはないものの、奥行きがある。
距離感を測る……深視力はあまり自信がないから、予想するよりも大きめに。
―― ……小さいな。奥から何匹か逃げた。
「あ……」
―― スピード勝負だ。詠唱なしでやってみろ。
ラースが逃げて姿を眩ます前に、より大きい≪水槽≫を作って拘束する。
左手を伸ばし、畑の何倍もの範囲で確実に捕獲する。
小学校にあるような二十五メートルプール程の大きさだった畑に対し、新たに市民プール五十メートル程の≪水槽≫を作る。
単純計算、倍程度の大きさで、何とか逃げたラースを捕獲した。
―― 詠唱なしでこの大きさを作れればようやくスタートラインか。
「……それ、スグサさんの基準ですよね?」
―― まあな!
はっはっは!
と。豪快な笑いが頭の中を埋め尽くす。
私は乾いた笑い声しか浮かびませんよ。
スグサさんの基準は当てにならない。
それは最近身にしみて感じている。
学校でも変な疑りを受けたし。
ここまでで作った水槽は、大きいもので五十メートルプール。
それが二百個目となった。




