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縁起の良い話

作者: 時輪めぐる

えー毎度、ばかばかしいお話を一席。


 世は師走ですな。僧侶も忙しく走り回る月ってんで、師走と言われるようになったっていう説があります。師というのは、僧侶のことだったんですね。


 そこのあなた、ここテストに出ますから。




 師走が終わり、年が明けると、受験の季節ですな。大学の試験は共通一次、センター試験と名称が変わって、今は共通テストっていうそうですね。それで、共通テストの次は、各大学の二次試験。この二次試験にまつわる縁起の良いお話です。


 縁起が良いっていうと、鯛はめでたいとか、昆布は喜ぶとかありますが、海老も縁起ものです。長寿や若返り、よく跳ねるから強い運気の象徴ってんで、海老も出てきます。


 ここテストに出ますから。




 さて、一人の受験生がおりました。名をヨウジという。


図体はデカいのですが、繊細な人で、試験となるとお腹が痛くなっちゃうんです。この癖、癖っていうかどうか分かりませんが、その所為で、学校の試験も模試も良い成績が取れたためしがない。


 よく高校に入れたなって? 良い質問です。この人は、幼稚園から高校までエスカレーターで上がれる学校に通っておりました。幼稚園ももちろん試験があったのですが、まぐれで入っちゃったんですな。


 しかし、ここに来て困った。エスカレータ―の先の大学には、自分が行きたい学部が無かった。そうなんです。大学試験を受けなくてはならなくなったんです。


 大学は鉄道で七時間くらいの所にある。え? 飛行機? この人は、高所恐怖症で飛行機に乗れないんですよ。んで、困っていたら、二つ上のお姉ちゃんが、付き添ってくれることになりやした。お姉ちゃんは、小柄だけど、弟と違って、気が強くて元気な人でして、小学校の頃は、学校の廊下で男子を転がしていたっていうくらい、乱暴者、いえ、パワフルなお姉様でした。このお姉ちゃん、実はものすごいブラコンでして、幼い頃から、弟のボディガードをしていたくらいです。


「私が付き添ってあげる」ってんで、姉弟は、はるばる二次試験が行われる大学にやってきました。


 最寄りの前泊する宿は、昔ながらの旅館という感じで、玄関に大木をぶった切ったみたいな衝立がデンと置いてあり、娯楽室には卓球台があるような処でした。


 宿の部屋に荷物を置いたヨウジは、背中と腰の張りが気になります。移動の道中も、御多分に漏れず、いや、漏れたら困りますが、腹が痛かったので、前かがみの姿勢で耐えていたんですな。その所為で、背中と腰がカチンコチンになっていたんですわ。


 ヨウジは考えました。このままでは、明日の試験に支障が出る。何とか今日中に、この張りを解消したい。そして閃いた。


「姉ちゃん、僕に逆エビ固めをしてくれないか?」


 やっと、縁起物の海老が出てきましたね。


「はぁ?」お姉ちゃんの戸惑いも当然です。逆エビ固めというのは、ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、プロレス技です。うつ伏せになった相手に跨って、その両足をこういう感じに自分の両脇に挟みまして、グイッと持ち上げる。するってぇと、相手の腰と背中が反り返って、痛い、痛い、ギブギブとなる訳です。


危険ですから、真似しないで下さいよ。


「背中と腰が痛いから、腹側を伸ばしたいんだ」


「自分で反れば? ブリッジするとか」


 お姉ちゃんは怪訝な顔をする。


「体が固くで反れないんだよ。だから、ちょっとお願い」


 ってんで、お姉ちゃんは仕方なく畳に突っ伏した弟の上に跨って、言われたようにヨウジの両足を両脇に抱える。


「こうかな? お、重い。持ち上げるだけで、反り返すなんて、絶対無理」


「そんなこと言わないで、僕も反るように努力するから」


 なんて馬鹿な事を言いながら、ジタバタしていたら、「失礼します」と女性の声がした。


 こちらが返事をするよりも早く、部屋の玄関との境の襖がスッと開いた。お姉ちゃんは、ヨウジの足を抱え跨ったまま、ヨウジは畳にうつ伏せのまま。


「……」


「……」


 何て言うんですか、お互い微妙な顔のまま沈黙が流れて、仲居さんは「失礼しました」と襖を閉めた。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 ヨウジから降りたお姉ちゃんは、仲居さんを呼び止める。


「あ、あの、何か御用だったのでは?」


 仲居さんは、なるべく目を合わさないようにしながら、食事と入浴の時間を告げると、そそくさと去っていった。


「やだーっ! 恥ずかしい。絶対、変な姉弟と思われたわぁ」


 もうお嫁に行けないなどと言いながら、畳の上を転げまわるお姉ちゃん。


「まぁまぁ、お姉ちゃん。大丈夫、ここは知らない土地だから」


 とはいうもの、その日の夕食時に仲居さんと顔を合わせて、気まずい思いをした二人です。


 しかし、お姉ちゃんの逆エビ固めのお蔭か、はたまた温泉のお蔭か、背中と腰の張りは解消されました。おまけにあの恥ずかしい場面を思い出すと可笑しくて、ヨウジは独りでクスクス、リラックスすることが出来たんですな。


 翌日の試験は、お腹が痛くならずに受けられました。それで、合格できたっていうんですから、めでたいことです。


 えっ? オチが無い? ええ、受験の話ですから、落ちはありません。




 おあとがよろしいようで。



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