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Episod5 Undead

 優に六人は着席できる楕円形の机を挟んで、ソルダとロムは向かい合って座っている。

 キャスター付きの椅子に座って無表情なソルダに対して、穏やかな表情のロムは傍らにコーヒーカップに加えポットまで用意している。

「ところで、あのエノルというのは何者なんですか」

 新しく注いだ熱々のコーヒーを味わうロムに、あきれた視線を送りながらソルダが言う。

「自律型戦術機体、商品名はオートマトンという完全無人機の一種です」

「要約するに、他社からのスパイロボットということですか」

 コーヒーを一口飲んだロムが満足気にうなずいた。

「私の部下が彼を解剖……いえ、解体しています。どんなに隠そうと、エノルを製造した企業はすぐに判明するでしょう。問題はキュアーの方ですが」

「キュアーは俺の部下です、俺がエノルに何をしたのかも話すつもりです」

「実直ですねソルダ、キミはずっと変わらない」

 机に両手をついて立ち上がったソルダが聞こえないように小さく答えた。

「育ての親に似ただけです」

「どこかへ行くのなら、ついでに兵器棟(へいきとう)におつかいを頼めますか、ソルダ。解体結果を聞いてきてください」

 三杯目のコーヒーを入れながら、ロムはのんきにそんなことを言う。

 露骨にイヤだと主張する表情をソルダは目の前の大人へむき出しにする。

「悪態はつかなければいいという物ではありませんよ、ソルダ」



 何人もの兵士がそれぞれの銃器を携帯して往来する巨大な通路。天井も壁もなく床をセメントで固めただけのエリアにキュアーの姿があった。

 海に面した手すりに上半身を預けて、太陽に照らされた穏やかな海をぼんやりと眺めている。

「はぁ~」

 大きくため息をついて周囲の人間が足を止めることなくキュアーを見た。

「僕、これからどうすればいいんだろう」

 つぶやいたと同時に、ブーツの下の通路がカタカタと音を立てた。

「ん? なんだろう」

 手すりから離れたキュアーが地面を見た途端、衝撃とともに固いセメントを砕き、鉛色の影が通路に飛び出した。すさまじい音が砂煙とともに舞い上がる。

 キュアーの立っていた通路は土台ごと崩れて海側に傾く。咄嗟に金属製の手すりにしがみついたが体は海側に投げ出されてしまう。数十メートル下に流れる水面が見えた。

「うわっ! わわわわ!」

 パニックになって意味のない叫び声をあげてしまう。頭上でも叫び声や悲鳴が上がっている。

 何かを破壊する音や爆発音が聞こた。

「誰か! 誰かいませんか!」

 叫び声をあげたが声がかき消されているのか助けられる状況ではないのか、キュアーはただの鉄棒に宙ぶらりんの状態のまま孤立無援にされてしまった。

 何とか自力で這い上がろうとしたが、頭上数メートルに搬送用のトラックが飛び出して、目と鼻の先を落下していく。あわや巻き添えとなるところで片手を離してしまう。

「死にそうな声が聞こえると思ったら、お前だったのか」

 頭上から二重にかさなったような声がして、重い顔をあげる。

 かろうじて通路につながった手すりの上、むき出しになった鉄骨に鈍く反射する鉛色の影が見えた。

 金属製の体と蛇腹状に伸びた腕。顔には三つの赤く発光する眼があるが、そのうち一つは銃弾による穴が開き、完全な空洞になっている。人の形をどうにか確認できる機械人形だ。

「エノルさん……?」

 絞り出すような声のキュアーは漠然と機械人形になったエノルを見つめている。

「ああ、そうだよ。お前とあのソルダとかいうやつのせいでこのザマだ」

 蛇腹状の腕を伸ばし、キュアーを軽々と持ち上げる。

「いたいっ! エノルさん一体あなたは」

「ん? そうかお前は見てなかったんだな。俺はなぁ!」

 エノルはキュアーをつかんだまま空中に大きく跳びあがった。人間にはおよそ届かないほどの距離を弾け通路に着地する。キュアーの叫び声が中空で一回転した。

 セメントが音を立てて崩れ、そこにキュアーの体を叩きつける。

「行動も外見も思考パターンに至るまで、わざわざ人間を模して造られた自律型戦術機体(オートマトン)だ」

 キュアーは叩きつけられた衝撃で大きく吐血する。

「オートマトン……じゃあ、あなたは……最初から」

 苦しそうに喘ぐキュアーを踏みつけ、エノルは奇怪な笑い声をあげた。

「そう、お前はずっと騙されたままボーッと俺の指示に従ってたってことだ! なあ、役立たずのプロニウム?」

 視界に見えた通路はひび割れ、破壊されている。黒煙を濛々(もうもう)と立ち上らせる車両、数人の兵士が倒れている姿も見える。

「お前のおかげで俺の任務(タスク)は失敗だ。一緒に地獄へ行こうぜ」

 腕の下で力なく伏しているキュアーをエノルは三度、宙に掲げる。

「このまますり潰してやる」

「ごめんなさい、姉さん。あなたの言う通り僕はいつも騙されてばっかり…」

 うわごとのようにつぶやくキュアーの額から、赤い血が滴る。

「しねええええ!」

 怨恨のこもったエノルの声があたり一帯に振動するとほぼ同時だった。

 切り裂くような銃声が連続して炸裂する。

 キュアーを持つ蛇腹状の腕から猛烈な火花が上がり、胴体から腕をまたたく間に切り離した。

 砕けた地面に投げ出されたキュアーが、血にまみれた顔をあげる。エノルは半端に残った腕を振り回し、キョロキョロと周囲を見回す。

「誰だぁ!!!」

 機械人形の赤い瞳に反射したのは、瓦礫の山となった通路にしゃがむ一人の人間の姿だった。

 青いジャケットに光沢のない突撃銃(アサルトライフル)を構え、短い黒髪が海風になびいている。

「ソルダさん」

「ソルダぁぁぁ!」

 その姿を見たキュアーはつぶやき、エノルは奇声を上げてもう片方の腕を、すさまじい速さでソルダめがけて伸ばした。

 ソルダは体を大きくよじって腕を退け、同時に突撃銃(アサルトライフル)のマガジンを銃身から放った。

 腕が伸びきる前に腰のポーチから替わりのマガジンを装填し、上半身を傾けたまま撃ち込む。

 エノルの脇腹に連射された弾丸が命中して、機械の体が逆方向に吹き飛んだ。少し遅れて伸ばした腕が体を追いかける。

 空中で半回転したエノルは腕を地面に突き刺して膝をついた。

「なんなんだお前は、いったい何者なんだ⁉」

 顔をあげて向き直ったエノルが叫ぶ。

 直後にソルダが瓦礫を一歩踏み出す。飛ぶように驀進したソルダの体は水平に回転してライフル弾よろしく、エノルの眼前に現れた。

 銃身を逆に持ち替え、突撃銃(アサルトライフル)のストックをエノルの体めがけてかち上げる。

 鈍い声をあげて重厚な機械の体が垂直にかっ飛んでゆく。

 ソルダは突撃銃(アサルトライフル)から手を離す。重い音を立てて銃身が地面に落ちる。

「絶対に殺してやらあ!」

 上空で身をよじったエノルはソルダめがけて腕を伸ばす。

 音を切って迫る鉄の腕が触れるすんでのところでソルダは体をそらした。鉄の腕は勢いあまって地面に突き刺さる。

「俺も、今度は絶対に…」

 誰にも聞こえない声でうなりながら、ソルダは腿のホルスターから黒い自動式のハンドガンを引き抜いた。

「殺してやる」

 ソルダの褐色の瞳が青く鈍く光り、手にしたハンドガンの銃口をはるか上空のエノルへ向ける。

 天を仰いだ銃口がソルダの瞳と同じく青く光を帯びる。

「なんだ? お前は一体、何なんだ」

 身動きの取れないエノルがうわ言のようにつぶやく。

「俺は兵士(ソルダ)だ」

 ソルダの指が引き金を引き、音が消えた。

 青い閃光が銃身に走り、一直線上の光が放たれる。辺り一帯が暗い影を落とし閃光が視界を奪う。

 遅れて襲い掛かる強烈な轟音と爆風に、キュアーは身を伏せた。

 風が止み、波の音が聞こえるようになったころ、キュアーはようやく顔を上げる。視界にはただ一人立つソルダの姿と、地面に突き刺さった鉄の腕が見えた。腕の先には何もない。

 鉄が途中で焼き切れたように赤く熱を帯びて、エノルの姿は影も形もなかった。そこから遥か彼方を流れる雲が、何かに吹き飛ばされたように円形の穴がぽっかり空いている。さざ波の音が聞こえる。

「キュアー、無事か」

 穏やかな口調で問いかけるソルダの手には、グリップから先がバラバラにはじけ飛んだハンドガンがあった。呆然とするキュアーの瞳から次第に涙があふれ出る。

「はい!」

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