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Episode4 プロニウム

「やあ、調子が戻りましたね、ソルダ」

 銃を右手にたずさえて立ち尽くすソルダの背後から、聞きなれた声がする。

「いいえ、まったく本調子じゃありません」

 ソルダは振り返って声の主であるロムに対し、ぶっきらぼうに答える。

 ロムの涼し気な表情が見る見る青ざめていく。

「その顔はさすがに怖いですよ、ソルダ」

 エノルを撃った拍子に飛び散ったのだろう。ソルダの顔にはどす黒いオイルらしき液体が返り血のように滴っていた。



「ここは、どこだろう」

 見慣れない部屋の中で目を覚ましたキュアーの口からひとり言がこぼれる。

 特に狭くも広くもない室内だった。自分が横になっている一人用のベッドと薄い藍色の自動扉、大きな丸い窓の外には青い海と空の景色が見える。窓のそばに着ていた上着のジャケットがかけられていた。

 部屋にあるものはそれだけだった。

 横になっていたためか、縒れたネクタイを締めなおして、ジャケットを手に取る。

 自動扉を開いて頭だけをひょこっと出してみた。

 短い通路と今までいた部屋と同じ扉、下に続く階段が見えた。鉛色の床とアクアラインのロゴマークが刻まれた青い壁、明るい照明で少し安堵する。

「本当にあの子でいいのですね、ソルダ」

 階段の方から声が聞こえた。わけもなく音を殺して近づく。

「はい、俺はあいつを部下にします」

 違う声が聞こえた。どうやら会話しているようだ。

「それなら、あの子の事を話しておかなければいけませんね、ソルダ」

 階段の前まで来たキュアーは、首を伸ばして階下を覗き見る。

 階段の下は一つのフロアになっていて、楕円形の大きな机とキャスターのある椅子が置かれていた。

 他にも突撃銃(アサルトライフル)の入ったガンラックや、独立したベンチ型のソファといくつかの棚、大きな窓のそばには負けないくらい巨大なアクアラインのロゴマークが見える。

 どうやらブリーフィングルームになっているようだ。

 楕円形の机に向かい合って座る二人の人間があった。

 ひとりはネクタイのないシャツ姿に、糸のような目でニコニコとほほ笑んでいる男だ。もう一人は

「ソルダさん?」

 もう一人の人物を見てキュアーが声を出した。

 二人が同時に階段の上を見る。

「キュアー、お前ケガは痛まないのか」

 名前を呼ばれた人物、ソルダが目を丸くして立ち上がった。

「え?」

 そう言われて頬に触れると、ガーゼが一枚貼られていることに気が付く。

 急いで体をまさぐってみると、そこかしこに包帯が不器用に巻きついていたり絆創膏がこれでもかと何枚も貼られている。

「はじめまして、キュアー。私はソルダの、まあ、監督役のロムといいます」

 ロムが椅子から立ち上がる。

「骨や内臓に異常はありませんでしたが、すり傷だらけだったのでソルダに手当てさせました。ほとんど、ソルダが出した指示が原因ですからね」

 にこやかに視線を移されて、ソルダはバツが悪そうな不服そうな表情をする。

「ソルダがどうしてもキミがほしいというので、入隊手続きを話し合っていたのです」

「入隊って……エノルさんはどうなったんですか? 僕はエノルさんの部下なんですよ」

 ロムの表情が曇ったところを見て、ソルダへすがるように詰問する。

「ソルダさん! 答えてください! エノルさんはどうなったんですか⁉」

「……死んだ」

 少し口ごもって、それでも無表情のままソルダが答えた。

「あいつが何者なのかは俺もわからない。それでもお前はあいつにどんな扱いを受けてきたのか…」

 ソルダの言葉が詰まる。

 キュアーの小さな体が震えて、うつむいた顔は表情が見えない。

「少し考えさせてください」

 震える声で告げて、キュアーは通路に続く自動扉を見つけ、足早に出て行ってしまった。

 軽い足音が過ぎ去ってからロムが口を開く。

「エノルはおそらく自律型戦術機体(オートマトン)と呼ばれる兵器でしょう」

「先生、その話はあとにしてくれ」

 ソルダはロムを見ることなく、キュアーを追って走り出す。



 ブリーフィングルームから外まで走って数十秒とかからなかった。しかしキュアーの息は完全に上がって、ヒューヒューというなんだか妙な呼吸音まで聞こえている始末だ。

 仕方なく海側の手すりにもたれかかって呼吸を整えているところで、ソルダに捕まってしまった。

「体力ないな」

 すでに泣き止んだキュアーに安心した様子で、傍らに立ったソルダが言う。

「僕は衛生兵なんです、戦うために訓練されてませんから」

 いまにも崩れ落ちてしまいそうなキュアーは大きく息を吐いた。しばらく目の前の小動物が呼吸を整える光景を眺めた後でソルダは切り出す。

「エノルというやつ、あまりいいやつだとは聞かなかったがお前にとってもそうだったんじゃないのか」

「それでもエノルさんは僕をアクアラインに迎えてくれた人なんです。ソルダさんは優しい人だから僕に同情しているんですか、こんな使えない身体を部下にしたところで得なんかありませんよ」

 キュアーはソルダに背を向けて、手すりをで体を支えながらフラフラと歩き出した。

「どこに行くんだ」

「考えさせてくださいって言ったじゃないですか、少し一人にしてください」

 波の音にかき消されそうな小さな足音を、ソルダは無言のまま見送った。



 ブリーフィングルームではロムが先ほどの机で優雅にコーヒーカップを傾けていた。

 自動扉からソルダが入るとカップを軽くかかげて示して見せたが、どうにも彼の間に触れたようで「いい御身分ですね」と、およそ上官につけないであろう悪態をつかれた。

 窓から入った斜陽の光が射す正面の席に、ソルダが着くのを待って口を開く。

「どうやら断られてしまったようですね、ソルダ」

「そこまでひどくありません、ただ使えない身体だから俺に得はないと、どういうことでしょうか」

「なるほど」

 ロムはカップを口に運ぶ。それから一息ついて続けた。

「キュアーのことを伝えていませんでしたね、ソルダ」

「話が見えません、いったい何のことでしょうか」

 ロムは目を閉じてしばらく考え込んでいたが、仕方ありませんと前置きした上で語り始めた。

「キュアーはある軍事企業が行っていた実証実験の副産物です。人工的に兵力を生産することを目的とした有機体生成実験、プロニウムシリーズという生産された商品の一つです」

 まくし立てるように言い終えて、ロムはもう一度コーヒーをすする。

「ますます話が見えません」

 間髪入れずにソルダが口を開いた。

「キュアーは人工的に生成された生命体、ゆえに肉親も子を成す能力も持ち合わせていません。人間に限りなく似通った違う生物です」

「使えない身体というのは……」

「実験は結果的に欠陥品を生産しただけで中止となりました。キュアーは通常の人間にくらべ脆弱性の強い身体で生まれたということです。エノルはキュアーを戦力として見ていなかったのでしょう。だからこそ近くにおいて潜伏していたと考えれば合点がいくことでしょう」

 淡々と述べていくロムにソルダは一言だけつぶやく。

「そうですか」

 ロムは糸のような細い目で怪訝な顔を見せる。

「あまり驚いていないようですね、ソルダ」

「俺がまだ見ていないだけで、この世界はどんな馬鹿げた兵器も作りますから」

「そうでしたね、あなたは()を殺そうとしたのでしたね」

 斜陽が照らすソルダの顔は無表情だった。



 鉄色の壁が囲む小さな四角い部屋。両開きの自動扉以外には窓もない。

 黒い棺桶のような手術台と天井からつるされた円盤型の巨大な照明器具、手術台の上には一体の体が力なく横たわっている。

 支給用の藍色のジャケットを着て、袖から伸びた蛇腹状の腕が床まで伸びている。

 光をなくした三つの眼が鋼鉄の顔に並んでいる。

 まるで動かなくなった機械人形の周りを、全身を覆う白い防護服を着た三人の人間が行き来している。

「どうだ、どこの会社から送り込まれたかわかるようなものはあるか」

 防護服の一人が機械人形をのぞき込んで言う。

「いや、そんなもの残したりしないだろう」

 電動鋸がついた小さな工具を持ったもう一人が答える。

「とりあえず見るだけ見てみよう」

 電動鋸の刃が、機械人形の体に触れる。

 三つ並んだ眼が誰にも気づかれることなく赤く光を放つ。

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