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Episode2 愛なき心臓

 長く広い通路をソルダは歩いている。通路には扉も窓もなく、青白い照明が照らしている。

 ロムの部屋に比べると幾分か明るいが、気分が滅入りそうな空間であることは変わりない。

 人の姿は見当たらずブーツが鳴らすゴツゴツ、という足音だけが耳につく。そうしてしばらく歩いていると先の方になんだかふら付く影が見えた。

 四角いロボットみたいな影は、近づくにつれてダンボールを抱えた人だとわかった。

 細く小さい体に比べて大きな箱を二つも重ね、よろけながら歩いている。

「あっ! っととととと!」

 時折変な声を上げていた。

 もう数歩のところまで近づいてみると、運んでいるのは細い体躯をした少女のようだった。

 背後まで来たところでソルダの足が自然と止まる。

「お前……大丈夫か、それ」

 さて、どうしたものかと考えてみたが、結局声をかけることにした。

「え⁉ あ! ごめんなさい大丈夫でッ……ダァッ⁉」

 声をかけて気が抜けたのだろう。こうなることは火を見るよりも明らかだったが、ダンボールさんはバランスを崩して盛大にズッコケてしまった。

「俺のせいじゃないからな」

 思わず口をついた。過失である。

 仕様がないのでソルダはダンボールを運ぶのを手伝ってやることにした。とは言っても、二つのダンボールはそこまで重量があるものでもなくソルダなら軽々と持ち上がるほどだ。

 目的地は数十メートル先の物置みたいな部屋。アクアラインには珍しい手動扉を開いた先にある埃っぽい部屋だった。大量のダンボールの山の中に置いてやると、

「ありがとうございます! おかげで助かりました!」

 あどけない笑顔で素直に感謝される。

 頭を下げた小さな人は、きれいに撫でつけられたショートカットの茶髪と青い大きな瞳が特徴的だ。

 ふくらはぎの辺りまでまくったパンツ、シャツにネクタイ。羽織った支給用のジャケットの肩に埃が乗っている。

 気になってつい埃を払った後、体に触れたことに後ろめたさを感じ、ソルダは急いで腕を引いた。

「小さな女一人に荷物を任せるなんてな、おまえ名前は?」

「? 僕はキュアーです」

 キュアーと名乗った人間は、首をかしげて答える。

「俺はソルダだ、ソルダ軍曹。その社員証は衛生兵か?」

 キュアーの胸に下がった社員証を見る。ハートを模した紋章が記された衛生兵の社員証だ。

「軍曹でしたか! は、はい!衛生兵のキュアー二等兵です!」

「そんな堅苦しいのはいいんだが、衛生兵は兵士の治療や体調管理が仕事だろう。どうして荷物を?」

 ソルダは気まずそうにキュアーを連れ立って倉庫の扉を開く。

 ほぼ同時に通路から男のだみ声が転がり込んだ込んだ。

「なにやってんだお前!」

 咄嗟にソルダはまなこを鋭くして声の方に目をやる。

 通路に大柄な男が一人立っていた。アクアラインの支給用ジャケットを着た男だ。

「す、すいません!」

 頭を下げたのはキュアーだった。どうやら男の部下らしい。

「役に立たねえな、はやくしろ!」

 男がそう言って立ち去ろうとすると、キュアーはソルダに一度だけ頭を下げて男の方へ駆けていく。

「あんた」

 ソルダが二人に聞こえるように声をかけると男が立ち止まった。挑発的な口調に空気が凍りつく。

「部下は大事にしろよ」

 男の顔がゆっくりと振り向いく。血走った目だった。

「どこのガキだ?」

「ソルダ軍曹だ。あんたの知らないどっかのガキだ」

 視線を離すことなく、男は蛇が這うようにのそのそと歩いてくる。

 それからソルダの顔に目と鼻の先まで近づくと、低い声でうなった。

「他部隊に口を挟むとロクなことにならんぞ」

「気にするな、経験からの忠告だ」

 男はしばらくソルダを睨んでいたが最後には「馬鹿が」と、暴言だけ吐いて背を向けた。

 重い足音を立てて去っていく男の後を、慌てた様子でキュアーが追いかけて行った。

「あんな奴しかいないのか兵士は」

 ソルダはそう言ってため息を吐いた。



 硬く狭いベットの上でソルダは目を覚ました。

 小さな窓とベットしかない、うなぎの寝床だ。体を起こして扉に手をかざす。

 重い音を立てて自動扉がスライドした。通路に並んだ洗面台で顔を洗う。

 通路に並んだ扉の中から、同じように人が出ている。

 各々顔を洗ったり歯を磨いたり、身支度をしていた。

 人であふれた居住区を通り抜けて広いロビーに出る。ガラス張りの吹き抜けたロビーにはエレベーターや通路が入り組んでおり、一面に広がる海が見えた。外は曇天だった。

 ガラスのエレベーターに乗り込んで、入り組んだ通路を歩いて食堂にまで足を運んだ。

 既に数十人の人が食事していた。適当に注文を済ませて適当な席に座る。

 朝食を終えてロビーの自動扉から外に出た。セメントと巨大な鉄骨をでたらめに組み上げてできた巨大な施設のような外観が迎え入れる。

 大きなタンクにとぐろを巻く足場だったり海沿いに突き出したヘリポートが見える。

 アクアラインが拠点の一つとして所有している、海上要塞リヴァイアサンだ。

 何機ものヘリが頭上を旋回し、何千人もの兵士が行き来している。

「自分の部隊か……」

 独りでここまで歩いてきたソルダは施設の外周に設置された柵に身を預け、独りでつぶやいていた。

「ソルダさん?」

 背後で声がして振り返る。

 海風が吹く中、キュアーの姿があった。

「キュアーか、なにをしているんだこんなところで」

 ソルダが面食らって聞くと、なぜかキュアーはクスクスと笑った。

「ソルダさんこそ、軍曹が一人でこんなところにいちゃ隊員の方が心配されるんじゃないんですか」

「俺は軍曹になったばかりで隊員なんていない。お前もこんなところにいると昨日のアイツが叫んでくるだろう」

 キュアーはソルダと同じように柵に寄りかかる。

()()()さんですか、今日は来るなって言われたんです」

「エノルっていうのか、妙な名前だ」

「ソルダさんこそ」

 いたずらっぽい顔でそう言うと、キュアーは続けた。

「でも、エノルさん、ロム大佐という方に用があるって言ってましたけど」

「ロム? 間違いないのか?」

「え、はい、LDCが何とかって…どういうことでしょうね」

 ソルダはそれを聞いたと同時にキュアーの両肩をつかむ。

「うぁぇっ⁉ ソルダさん?」

「キュアー、それは本当なのか」

 顔を赤く染めるキュアーをものともせず、ソルダは問いただした。

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