親子ほど年が離れた婚約破棄された令嬢のパーティのエスコート役となった
(警護以外でここに入るのはいつぶりか)
オルスは王城のパーティ会場の扉を見ると内心でつぶやく。
オルスは久々に着た軍服以外の正装の服に違和感を抱いてきたが、ここに来るとなおさらその違和感を感じていた。軍服とは違い、体のいたるところが動かしづらいと感じてしまう。
しかも三十年以上、基本的には腰にあるはずの剣がないことに、不安を抱いてもいた。
だが、その不安を抱いた瞬間、オルスはすぐに首を振る。今日はあくまでも建国記念パーティの参加者なのだ。自分の力が必要になる場面などない。
今日はあくまでも参加者。しかも、ただの付き添いだ。
オルスは隣にいる人物に視線を送る。先ほど会ったばかりの、自分の胸ぐらいの身長しかない茶髪の令嬢。体はこわばっていて、とても緊張している様子であった。いや怖がっているようにもみえた。
オルスは彼女を見るたび、本当に自分が付き添い、いやエスコート役でよかったのかと思ってしまう。心底。
オルスは自分の顔の右側をさっと手でなぞる。10年前についた、自分が生死の境をさまよったときについた傷の傷跡。右の眉毛の少し上から真っ直ぐ自分の口の横までについた派手な傷跡。オルスはがたいがかなりよく、強面であった。そして、この派手な傷跡でさらに多くの人からの第一印象は恐れられることが多かった。
こんな人物がエスコート役でいいのかと内心オルスは思っている。とはいっても、もうエスコート役をやめることなどできないのだ。今からやめるといえば、彼女を置いていくことになるから。
「ユリア嬢、緊張なさっていますか?」
オルスはなんとなしに声をかけようとおもったために、自分でもないなと思う問いをする。内心で後悔と反省をしながら。オルスはまともな女性経験はない。軍でひたすら軍務に明け暮れ、貴族社会からもかなり離れていた。
ユリアは突然声をかけられたことに驚いた様子をした後、作った笑顔を見せながら、「大丈夫です」と少し震える声で答えた。
オルスは大丈夫じゃないよなと思いながらも、突っ込むことはせず、少し間をおいて「そうですか」と答えた。オルスはユリアとの距離感を計りかねていた。オルスは心の中で、一人で反省と後悔をつづける。
「招待状を確認してもよろしいでしょうか?」
扉の横の騎士が声をかけてくる。オルスは意識を引き戻し、すぐに預かった二枚の招待状を騎士に見せる。騎士は招待状を念入りに確認する。
「確認できました。どうぞ」
騎士は扉を開ける。
そして、オルスはユリアとともに、パーティ会場に入る。
建国記念パーティの五日前。
オルスは自室にいた。部屋にはベッドと机と椅子以外の家具はない。剣と鎧と正装の軍服ぐらいしか部屋には置いていなかった。生活感の感じない部屋。
だが、これで全くもって問題なかった。そもそもオルスがこの部屋に帰ってくることは少ないのだ。
オルスは王国軍に所属する兵士である。軍で働いてもう20年以上で、今年で35歳となる。主な任務は王国各地に発生する魔物の対処。そのため、ほぼ一年中王国各地を転々としていた。なので、王都にはほぼ帰ってこず部屋を使うこともなかった。オルスは王都に昨日戻ってきた。
部屋で、何をすることもなくぼーっとしているとノックの音がする。オルスは入室を促す。すぐにこの家で働く執事のライが入ってくる。
「オルス様、御来客です」
「来客?誰だ?」
オルスは来客が来る予定がなかったので不思議に思った。自分のところにアポも取らずに会いに来る人物が思いつかなかった。
「ベルダー伯爵です」
「すぐ行く」
その名を聞いて、オルスは来客に来てもおかしくない人物だと思ってしまう。オルスは服装を整えながら、またどんな面倒ごとに巻き込まれるのかと内心で不安を抱く。
ベルダー伯爵。10年前、伯爵の領内で発生した魔物の対処の時に出会った。オルスとベルダー伯爵は年も近く互いに互いの窮地を助け合った仲である。それ以来、オルスはベルダー伯爵の友人となり、ベルダー伯爵に様々な便宜を計ってもらっていた。だが、その対価にオルスは様々な面倒ごとを任されたのだが。
オルスが応接室にいると、ベルダー伯爵は優雅に茶を飲んでいた。
「遅れて申し訳ありません」
「構わんよ、急に来たのはこっちだ」
ベルダー伯爵の声色にはいらだちのようなものが垣間見えた。どうやら何か苛立つようなことがあったらしい。
「それで何の用でしょうか?急ぎで何か」
「ああ、5日後の建国記念パーティ。君は暇かな」
「暇ですが。休暇中で警護任務もないですし」
オルスが答えると、それは良かったとでもいいたげにベルダー伯爵はニヤリと笑った、その笑顔を見て、オルスはまた面倒ごとだと察する。逃げたいと思うが逃げることもできない。今の自分がベルダー伯爵の敵になるわけにはいかない。
この国の伯爵家で現在最も力を持つベルダー伯爵家。下手なことをすれば、自分の世話をしてくれるランパート子爵に迷惑がかかる。
現在オルスはランパート子爵というオルスの親戚の家でお世話になっている。オルスの家族はオルスが幼いときに全員流行病でなくなってしまった。そこから、彼はランパート子爵の家で育てられたのだ。オルスは軍に入ると、ランパート子爵のお世話になるのをやめようとした。しかし、ランパート子爵からの強い要望で、ランパート子爵の家でいまだお世話になっていた。
「建国記念パーティで私に何をしろ?と」
「なあに簡単なことだ」
ベルダー伯爵から続く言葉を聞いて、オルスは非常に驚く。
「私の娘のエスコート役を頼みたい」
オルスは「今なんと言いましたか?」と聞こえていたのにもう一度聞く。ベルダー伯爵はニコニコとさっきと一言一句同じことをいった。
「ベルダー伯爵ご自身は行かないのですか?」
オルスは現実から目をそらすためにも問う。建国記念パーティは基本的には全貴族が参加することになっている。
「私はほかの用事があり、息子たちには別の相手がいるのだ」
「それで私に頼んだ、と。そういえばいくつなのですか?」
「今年で成人したばっかの15だ。ちょうどお前と20離れているな」
ベルダー伯爵はそう言って笑う。20も年下の令嬢のエスコート役。しかも親族でもない自分が?オルスは大丈夫か?本気なのか?と思ってしまう。
「私の社交界の評判しっていますよね?」
「知ってる。一部の武闘派の貴族以外にはあまり好かれてないな」
オルスは見た目と軍での莫大な戦績により、多くの人物に恐れられていた。そのため、貴族の間での評判はそれほどよくない。加えて親子ほど離れた年の男。そんな男が令嬢のエスコート役になるなど、その令嬢の評判がどうなることかわからない。
オルスがそれを暗に伝えると、ベルダー伯爵は「構わん」といった。なぜそう思うのかを不審に思うとベルダー伯爵はさらに口を開く。
「うちの娘、ユリアは先日婚約破棄されたのだ。だから今更評判などどうでもいい。むしろオルスとパーティに参加すれば変なやつらへの威嚇となるさ」
オルスはなるほどと少し納得する。婚約破棄された伯爵家の令嬢を狙って、縁を深めようと思うものもいるであろう。そこに自分がいれば、近寄るものも少ないであろう。そんな風に思っていると、ベルダー伯爵は堰を切ったようにしゃべりだしていた。
「それにユリアを婚約破棄しやがったクロタ伯爵家も参加するのだ。ユリアに何かしてくるかもしれん。お前がいれば下手な手出しはしないだろう。大体、そっちが婚約を持ちかけ、こちらがしぶしぶ応じたのに、婚約破棄。しかも理由は嘘。ユリアの態度が悪かったというが、貴様のバカ息子が別の人物を好きになっただけだろうが。婚約解消を言われればすぐに応じたのに、こっちを貶めるためだけに婚約破棄にしやがって。うちのユリアが大人しいから、ユリアに一方的に伝え、私には事後報告。なめやがって。準備が整えばすぐにでもつぶ」
オルスは咳ばらいをする。あまりの剣幕に圧倒されて、遅くなったが、これ以上聞くとよくない。明らかに。しかも他人の家で。ベルダー伯爵も自分のうかつさに気づいたようで、咳ばらいを同じようにする。
「で、応じてくれるよな、オルス」
「応じないという選択肢があるのですか?そもそも」
ベルダー伯爵はにこりと笑っただけだった。オルスは建国記念パーティの際に用事があるといえば良かったと思うが、そこはもう調べられているだろう。大体、自分が王都に戻ってきてわずか翌日にこの話を持ちかけてきたのだ。もう何もできない。
「わかりました。応じます」
ベルダー伯爵はオルスの了承の返事を聞いて嬉しそうに「頼んだぞ」と言った。オルスは内心でため息を深く長くつくのであった。
ベルダー伯爵が嬉しそうに帰ると、オルスはランパート子爵に建国記念パーティに参加するので、準備を手伝ってほしいと伝えた。ベルダー伯爵のご令嬢のユリアのエスコート役になったことも伝えた。
「わかった。準備をしよう」
「助かります」
そう言って、オルスが自室に戻ろうとした瞬間、ランパート子爵の隣で話を聞いたランパート子爵の夫人がオルスを引き留める。
「待ちなさい、オルス。令嬢のエスコートの経験は?」
「ないです、ですがあくまでも護衛のようなものです。必要な」
オルスは必要ないでしょうと言おうとした瞬間、夫人はオルスの言葉を遮る。
「今すぐ最低限のことを教えます。ユリア嬢が恥をかくことになっても困ります」
オルスとランパート子爵は夫人が熱くなっているようなのを察した。夫人はユリアのことを少し知っていた。そして、ユリアの境遇にひどく腹を立てていたのだ。
オルスはこういうときの夫人の教育はとても大変なので、どこか遠い目をする。ランパート子爵はオルスのこれからを思い、内心で頑張れと応援することしかできなかった。
そして、オルスは建国記念パーティまでにランパート夫人にしぼられるのであった。あまりのオルスのダメダメさに夫人は何度も呆れた。オルスは軍の訓練よりもきつかったと後にかたった。
建国記念パーティ当日。オルスはベルダー伯爵家にやってきていた。当日に顔合わせになることをどうかともオルス自身も思っていたが、ベルダー伯爵の要望であった。
オルスが応接室で待っていると、一人の令嬢が現れた。
茶髪で、どこかおどおどした気弱そうな令嬢が。
「お待たせしました。オルス様。お初にお目にかかります、ユリアと申します」
声が少し震えていた。オルスは怖がられているよなと思っていた。オルスはできる限り優しい声を心がける。
「オルスです。この度はエスコートを努めさせていただきます」
「よろしくお願いいたします」
ユリアは頭を下げる。オルスは「では、行きましょうか」と声をかける。ユリアは顔をあげうなずく。そして、別々の馬車に乗って、建国記念パーティの会場の王城へと向かった。
オルスは馬車の中で、ベルダー伯爵とは似ても似つかないほどの気弱そうなユリアに少し驚いていた。ベルダー伯爵の娘となれば、オルスはやんちゃというか我儘だと思っていた。それが覆された。
馬車が王城につくと、オルスは先に降りた。そして、すぐにユリアの馬車の前へと向かう。ユリアが馬車を降りるときに、オルスはユリアに向かってそっと手を差し出す。ユリアは驚きながらもその手を取る。オルスがランパート夫人にたたきこまれたマナーの一つであった。オルスはあまりにも小さな柔らかい手であったため、どれくらいの力加減でいけばよいのかと少し悩んでいた。
「ありがとうございます」
ユリアはそう言って馬車から降りた後、手をそっと離す。オルスは何も言わずにいた。ランパート夫人はオルスに家を出るときに言った。下手なことをいうとぼろが出るから基本何も話すな、と。オルスは基本的にそれに従うことにしたのだった。
そして、ほとんど何も話さずに二人はパーティ会場へと入った。初めに国王陛下と王妃に挨拶をした後、二人はパーティ会場の壁の前で佇んでいた。
オルスは時折ユリアに目を配りながら、周りを見渡していた。自分の視線がばれないように。パーティ会場で二人は悪目立ちしていた。ユリアは婚約破棄されたばっかの令嬢。オルスは普段パーティにまったく参加しない。その二人が揃って現れたので、あることないことが周りで話されていた。
ユリアは今日初めて会ったオルスのことをばれないように見ていた。オルスは実は気づいていたが。
ユリアはオルスと初めて会った瞬間、怖いと思ったが、すぐに認識を改めた。こちらを気遣うような様子を見せることが多く、またこの会場でユリアへよくない視線を向ける者がいればそっとかばうように動いてくれた。ほんの自然と。わずかな時間での小さな積み重ね、それによってユリアはオルスの隣で少し安心感のようなものを抱いていた。
今日のパーティの参加は怖かった。だが、家のため、家族のため、父のために参加することにした。
父が用意したエスコート役のことも怖かった。だが、今はユリアはオルスがエスコート役でよかったと少し思っていた。この人の隣にいれば大丈夫と少し思えていた。
同時に自分に嫌気がさしていた。守られなければならない自分。何の役にも立てない自分。婚約破棄されてからさらに増していった感情。それがより少しずつ増えていた。
しばらくして、二人のところにランパート子爵とランパート夫人が現れた。オルスの様子を二人は見に来たのだった。オルスがランパート子爵と夫人の紹介を簡潔に行った。ユリアも二人に自己紹介をした。
ランパート夫人は見定めるようにユリアを見ていた。ユリアはその夫人の視線に気づき、緊張した面持ちを見せる。オルスはそっとかばうように体を動かす。子爵と夫人はオルスのその動きを見て、なごやかな笑顔を見せた。
そして、少し軽い雑談をする。ほとんど夫人がしゃべっているだけであったが。すると、夫人が突然ユリアに向かって言った。
「ユリアさん、オルスが嫌になったら私たちのところに来てね。ほら見た目怖いし」
夫人の突然の発言にオルスは何をいっているんだと思う。確かに怖いのは事実であるが。まあでも二人のほうがよいと彼女が言うならそれでもいいが、と思いながらオルスはユリアに視線を向ける。
「お気遣いありがとうございます。ですが、オルス様はとても優しい人ですので大丈夫です」
ユリアは後半少し語気を強めていった。そして、、少し顔を赤くして「申し訳ございません」とも言った。「大丈夫よ」と夫人は言いながら満足げな笑顔を見せる。
「よかったわね、オルス。優しい人ですって」
オルスは夫人にそう言われて、「ええ」とだけ答えた。少しオルスも照れていたので下手なことを言えなかった。
「ユリアさん、年齢差はあるけど、オルスが気に入るというなら」
「何を言おうとしてるんですか?」
オルスは夫人の言葉を遮る。夫人はニヤニヤと笑いながら「あら、恥ずかしいの?」と言う。オルスが「冗談がすぎます」と言おうとしたら、ユリアが先に口を開く。
「オルス様は私なんかにはもったいないです!」
ユリアは語気を強めに言った後、さらに顔を赤くして「申し訳ございません」といった。夫人は「いえこちらが冗談をいいすぎたわ、申し訳ないわ」と逆に謝る。ユリアはむしろこちらがと食い下がるような視線を見せる。
「ならユリアさん。今度うちのお茶会に招待してもいいかしら」
「えっ?か、かまいませんが」
ユリアは突然の誘いに驚きながらも承諾する。夫人は「では、それで今のはなかったことに」と言う。ユリアはうなずく。
そして、もう一度謝罪をした後に子爵と共にその場を離れた。オルスは何しに来たんだと思っていた。
「申し訳ない、君の事情は知っているはずなのだが」
「いえ、気にしていません。悪気がないのはわかりますので」
「だとしても、後でもう一度こちらで話しをしておくよ」
「あ、ありがとうございます」
オルスは夫人が悪気がないのはわかるが、婚約破棄された成人したばっかの令嬢にあれはないだろうとひどく腹を立てていた。ユリアは会ったばかりではあるが、オルスはそれでもそこまでの感情を抱いていた。
ユリアは自分自身のことがよく分からなくなっていた。相手の言うことに反論するようなことを言うことは今までなかった。基本的に自分の思いを押さえつけてきた。ずっとそうしてきた。だが、オルスのことを悪く言われるのは何か嫌な感情を抱いていた。ユリアはこの気持ちはなんなのかと思っていた。
少し離れた場所で、オルスたちを見守りながら子爵と夫人は話していた。
「ねえ、あなた。いい感じねあの二人」
「そうだね、オルスのことは少し心配していたが大丈夫そうだ。君のおかげだな」
子爵は頷きながら言う。
「ユリアさん、とてもいい子ね」
「そうだね、気に入ったかい?」
「ええ、とっても、でも」
夫人は言葉を切り、ユリアのほうをちらりとみる。
「あの自己肯定感の低さは問題ね」
「婚約破棄されたばかりだ、仕方ないさ」
「そうね、見守ってあげましょうかね」
子爵と夫人は互いに笑顔を見せる。
ランパート子爵たちが離れて少しして、何人かがオルスたちの元に話に来た。全員オルスのことを比較的知っているものたちであった。話しをするものたちは、オルスと近況を話すだけで、ユリアに触れるものはいなかった。
彼らはオルスとユリアの事情をなんとなく察していた。そのため、ユリアのことを話すのはオルスが気をよくしないというのがわかっていた。そもそもずっと前に話しかけようと思ってはいたのだが、オルスが誰とも話したくないという雰囲気を醸し出していたので二の足を踏んでいたのだ。
だが、ランパート子爵たちが話をしているのを見て、話しかけてもいいのではないかと思ったのだ。あまり話をする機会もないので、話をしたかったものが多かったのだ。ほとんどが自分の騎士団への勧誘であったが。
オルスはしばらく誰も話しかけてこなそうだと思うと、ユリアに声をかける。
「ユリア嬢、申し訳ない。私の客が多くて」
「いえ、お気になさらず。お話し面白いものもありましたし」
「そう言ってくださるとありがたいです」
オルスはユリアを放置して話しを続けるのを少し申し訳なく思っていた。だが、ユリアを絡んで話をすると、話がややこしくなる。それを察してくれた相手たちに少し感謝をする。
「オルス様は皆様に好かれているのですね」
ユリアはどこか寂しそうに言う。その寂しげな雰囲気をオルスは察していなかった。
「私の力にですよ。自分でもいうのは自慢になるようで嫌なのですが、腕は立つので」
「軍に所属されているんですよね」
「ええ、まあ。魔物の対処で王国各地を転々としています」
「王国各地を。そうなると今はもしかして休暇中とかですか?」
ユリアの問いに、オルスは「ええ」と答える。すると、ユリアはとても申し訳なさそうな様子を見せる。
「貴重な休みをわたしなんかに付き合わせて申し訳ありません」
「お気になさらないでください」とオルスはすぐ言うが、ユリアは「ですが」とさらに謝罪の言葉を続けようとする。
「むしろありがたいことです。私一人ではこういったパーティには参加しづらいので。あまり話せない方とも話せたので。だから、申し訳なく思う必要はありません」
ユリアはオルスのその言葉を聞くと「であればよかったです」と小声で言った。ユリアはまだ申し訳ないという気持ちがあったが、ここまで言われてはこれ以上は迷惑がられるだけだと察する。
オルスはこれでいいのか?と内心疑問に思っていた。オルスはわずかの短時間でユリアは自分のせいで、自分なんかのために申し訳ないと思うようなことが多いのだと性格をなんとなく察していた。
二人の間に気まずい沈黙が流れたとき、会場でかかっていた音楽が変わる。その音楽を聞いて、オルスはユリアに声をかける。
「ユリア嬢、少し外で涼まないか?」
「はい、構いません」
ユリア嬢はオルスの言葉を一瞬疑問に思うが、オルスの思惑を察して肯定する。そして、二人はパーティ会場の二階のベランダに出る。周りに人はいなかった。
「いきなりすみません。ダンスは踊れないので私は」
パーティ会場内では音楽が変わったことでダンスを行える時間が始まったのだ。オルスは5日でダンスをマスターできず、というか夫人にダンス禁止を言い渡されたのだ。それにダンスは誘われれば断れない。近くにいるということができない可能性が高い。だから、オルスは外に出ようと誘ったので。
「いえ、私もダンスは苦手ですので」
ユリアもオルスのもとを離れる可能性が高いので、今外に出るのは賛成であった。実際はダンスはそれほど苦手ではないのだが、ユリアはオルスのことを思ってそう言った。
そのあと、二人は黙ってベランダから庭園を見ていた。オルスがちらりとユリアの様子を見ると、少し体が震え、腕を手でこすっている回数が多いように見えた。
「思ったより冷えますね、ユリア嬢」
「そうですね」
ユリアがそう返すと、オルスは「もしよければ私の上着を貸しましょうか?」と問う。ユリアは「いえ、オルス様に悪いので」と断る。
「私は軍で寒さにはなれていますので、お気になさらず」
「私も寒さには強いので」
ユリアはそういうが、寒そうな様子は伝わった。「寒さで体調を崩されても私が困るので」とオルスが言うと、ユリアはしばし悩んだ後「ではお借りします」と言う。オルスは上着をさっと脱ぎ、ユリアの肩にかける。ユリアはオルスの上着を手でそっとつかみ、「ありがとうございます」という。
オルスは堅苦しい上着を脱げたことで少し晴れやかな気分でいた。
そして、すぐにオルスは自分の過ちに気づく。街中で寒そうな子どもたちによく上着を貸すのでついやったが、よくよく考えれば親子ほど年の離れた男の上着を貸すのはよくないのではと思った。
だが、今さらそれについて声をかけることもできない。だから、オルスは一言「申し訳ない」とだけ謝った。
ユリアはオルスの突然の謝罪に少し驚くが、すぐにオルスの胸中を察する。
「オルス様、上着貸していただきありがとうございます」
ユリアはオルスに重ねて感謝の言葉を伝える。オルスはユリアが気遣ってくれたことに気づき、「こちらこそ」とだけ伝える。
また二人の間に沈黙が流れる。オルスは何か話したほうがいいのかとも思うが、何を話せばいいのだ?と悩んでいた。ユリアはこの沈黙を嫌に思っていなかった。
オルスが滅茶苦茶悩んでいる間に、会場の音楽がまた変わった。ダンスの時間が終わったようであった。オルスはいつまでも外にいるのもどうかと思い、ユリアに声をかける。
「戻りましょうか」
「はい」
ユリアはそういうと、肩に羽織ったオルスの上着をオルスに渡す。ユリアは渡すとき一瞬名残惜しく思っていた。オルスは上着をさっと着ると、また堅苦しさを感じ嫌だと思う。
そして、二人はパーティ会場に戻る。その後、しばらくまた二人は壁の花となっていた。会場にいる人々がぽつぽつと去っていくのを見て、オルスはそろそろ俺たちも帰るかと思った。ここまででもう十分であろう。
「ユリア嬢、帰りますかな」
「えっ、そうですね」
ユリアはもう帰るのかと内心寂しさを感じていた。わずかの時間でユリアはオルスのことを好意的に思う感情が増していたのだ。
二人は黙って、会場を出て馬車の元へと向かう。馬車の元へとあと少しのところで、ユリアの足が止まる。オルスがそれを不思議に思う。
「あの、今日は本当に申し訳ございませんでした。私のために貴重な休みをふいにしてしまい、私のようなものに長く付き合わせて」
ユリアは頭を下げる。オルスは「気にしないでください」と言おうと思ったが、それを言うのを止め、別の言葉をかける。自分の思った言葉をまっすぐに。
「ユリア嬢、謝罪でなく感謝の言葉をいただきたい。こういうとき必要なのは感謝の言葉です」
オルスは強い言葉になってしまったことを非常に後悔した。ユリア嬢は驚いた顔をする。
「申し訳ない。強い言葉になってしまった。ただ、伝えておきたかったのだ。謝罪の言葉よりも感謝の言葉のほうが相手は嬉しく思うことが多いのだ、と」
オルスはこれ以上言う必要はないと思うが、言葉が止まらなかった。
「ユリア嬢、自分を下げることは周りの人物を下げることになる。あなたの父、母、家族、友人すらも。だから自分を下げるのもできるかぎりやめたほうがいい。わずかな時間だったが、私はあなたをとても優しい人物だと理解した。だからこそ、自分を下げ、謝罪が多くなるのだろう。だけど、それではだめなのだ。相手のことを真に思えば、伝えねばならないのは何かわかるはずだ、あなたなら」
オルスはそこまで言い切るとすぐに、自分は何を言っているのだと思いこむ。傷心の子どもにこんな説教をして何をしているのであろうと思う。謝罪の言葉を伝えようとすると、ユリアは涙を流していた。
オルスはしまったと思い、言葉をかけようとするが、今逆に声をかけても逆効果かと思うが。すぐに謝罪の言葉を伝える。
「申し訳ない、大変申し訳ない」
「いえ、いえ謝らなくていいです、オルス様は」
ユリアは首を振る。
「オルス様の言葉は大切なことです。とても大切なことです。だから、言ってくださったことを」
ユリアは笑顔を見せる。
「感謝しています」
オルスはその笑顔は今まで見た中で一番の笑顔だったと思った。
「君がそう思っても、言い過ぎたのは確かだ。本当に申し訳ない」
「いえ、オルス様は何も悪くありません」
「いや、私が悪い」
オルスはかたくなにそう言った。傷心の子供に説教など誇れることでもないのだ。しかも、血のつながりもなくあったばかりの子どもに。
「あのでしたら、またお会いしてくれませんか?」
「えっ?」
「もう一度私と会ってください。それを約束してください」
ユリアはオルスとここで別れれば二度と会えないのではないかという思いがあった。だから、彼女はオルスに約束をかわすことを望んだのだった。
「わかりました、またお会いしましょう」
「必ずですよ」
ユリアは柔和な笑顔を見せた。とても嬉しそうな笑顔であった。
「ええ、必ず」
オルスも笑顔を見せた。
そして、二人は馬車の元へと向かった。馬車の元へとつくと二人は向き合う。
「オルス様、この度はありがとうございました」
「こちらこそ楽しい時間でした」
とオルスは夫人に学んだことばを返す。少し恥ずかしかった。だが、事実でもあった。オルスは楽しめていた。オルスはその場を去ろうとするが、ユリアが引き留める。オルスがなんだろう?と思うと、ユリアは恥ずかしそうに小声でいった。
「次にお会いするまでにお時間があくときは手紙を書いてもいいですか?」
「構いません、できる限り返事します」
「ありがとうございます!」
ユリアは花が咲くように笑顔を見せた。オルスは会ったばかりとは雰囲気の違ったユリアのことをどこか嬉しく思っていた。
オルスはユリアの乗った馬車を見送る。そして、自分も家に戻る。
オルスが家に戻ると、執事のライが待っていましたと言いたげに手紙を渡してきた。それは軍からのものであった。
オルスはその場で封を破る。それは王国南部で魔物が大量発生したので、明日の昼に軍が出発するというものであった。休暇中であるが、できたら参加してほしいというものだった。
「ライ、手紙をベルダー伯爵に向けて書く。用意をお願いしてもいいか?」
「かしこまりました」
「助かる、部屋に持ってきてくれ」
オルスは駆け足で自室に戻り、着替えると、明日の出発に向けての準備を始める。準備の最中、ライがレターセットを持ってきてくれる。オルスはライに今日着た服を渡した。そして、すぐに手紙を二枚書いた。
一枚はベルダー伯爵に今日のことを伝える手紙。ユリアに言い過ぎたことへの謝罪も含めて。
もう一枚はユリアに向けての手紙。軍の勤めで会えるのはいつになるかわからないというものであった。
手紙を書き終えると、ライに手紙をベルダー伯爵に届けるように頼む。そして、もう寝るとだけ伝え、オルスは自室へと戻って残った準備を終わらせベッドに入った。
明日の朝、オルスはランパート子爵と夫人と話をしていた。
「せっかくの休暇なのに行くのかい?」
「ええ、それが私の勤めですから」
「無理はせずに、絶対生きて帰ってくるのよ。ユリアさんとのお茶会にはあなたには参加してほしいのだから」
オルスは「わかりました」と真面目な顔で答えると、「いってきます」と続けた。
そして、オルスは軍の集合場所へと向かった。
二カ月後、王国南部ルペン平原にオルスはいた。オルスは最前線の軍の物資の運搬の護衛を行っていた。オルスは休暇中にやってきたので、軍が気を使い最前線から離してくれていた。魔物の数は想定より多く、戦況は長期化していた。
オルスの部隊は日が落ちてきたので、テントを張り休息を取っていた。オルスは部隊を仕切るヒューグと今後の計画を話していた。
「ヒューグ隊長。ここから先は昨日の雨、道がぬかるんでいて馬車が動かしづらそうです」
オルスがそう言うと、隊長のヒューグは「迂回できんしなぁどうするか」と言いながら目の前の地図を眺めていた。しばらくして、諦めたように言う。
「明日の朝には乾くことを願うしかないか」
「そうですね」
「まったく、魔物には困ったものだ。せっかくの建国記念の日に大量発生するなど」
ヒューグ隊長は恨めし気に言う。オルスはうなずく。
「だが休暇中にも関わらず来たのだろう、オルス君は?」
「ええ」
「まったく仕事熱心なことだ。私の友人は来ていないぞ。まあどうせ酒の飲み過ぎで来られなかっただけであろうがな」
ヒューグは笑ってそう言った。オルスも「私も酒を飲みすぎておけばよかったです」と冗談を返す。
「おっ。そうだ忘れていた。ほれ君への手紙だ、先ほど届けられたぞ」
「ありがとうございます」
ヒューグから手紙を受け取る。オルスが出した人物を確認すると、それはユリアであった。オルスはその名を見て、柔らかな笑顔を浮かべる。
ユリアからはこまめに手紙がやってきていた。オルスは軍務の合間をぬって、できる限り返事を出していた。
「そのユリアというのは君の恋人か?」
「違います。友人の娘です。姪っこのようなものですよ」
オルスはヒューグのからかうような言葉をすぐに否定する。
「なんだ違うのか?お前噂されてたぞ、あの紅熊に春が来たと」
紅熊、それはオルスを揶揄する言葉であった。そして、不愉快な噂が流れていることをオルスは初めて知る。
「あとでその噂流したものを教えてください」
オルスはにこやかに言った。ヒューグは怖いなと思った。
「だがなぁ、今さっきお前の表情を見れば疑うものも多いと思うぞ」
「そんな変でしたか?」
ヒューグは何度もうなずく。オルスはそうなのか、気をつけたほうがいいかと思う。余計な噂がたてば、ユリアに迷惑がかかるとオルスは思っていた。
そのまま雑談を続けようとした瞬間、敵襲を知らせる鐘が鳴る。
オルス達は驚きながら、急いでテントを出る。その次の瞬間、目の前のテントが燃え始める。喧騒から、敵は南西からきたようであった。
「こんなところで、襲撃だと」
「ヒューグ隊長、私は敵を見てきます」
「任せた」
オルスはすぐに走って音の鳴るほうへと向かう。その途中の一人の兵士が目の前からやってくる。兵士はオルスのことに気づくと、「ゴブリンの群れです、かなりの数です」と混乱した様子で伝えた。オルスは「落ち着け」とまず大きな声をかける。兵士はびくっとした様子を見せた後、「ゴブリンの群れ。数はまだわかりませんが、小規模の群れではなさそうです」と伝えてきた。オルスは「ヒューグ隊長にも伝えろ、こっちのほうにいるはずだ」と指をさす。
兵士は了承の返事をして走り出す。オルスはそれと同時に、兵士が走ってきた方向へと向かう。
少しして、オルスはゴブリンと戦う兵士たちを見つける。
「オルスだ。私が来たぞ。ヒューグ隊長もすぐ来るぞ」
と、オルスは大きな声をだし、戦いへと加わる。オルスの言葉を聞いた兵士たちは、少し落ち着きを取り戻す。
オルスは混乱する兵士たちに声をかけながら、戦いをつづける。オルスの剣は何体ものゴブリンを一瞬で絶命させていく。だが、数がまったく減らない。
オルスは大規模な群れがここにいるようで、驚きを覚えるが、すぐに思考の外に放り出し、一心不乱に剣を振るう。少しして、ヒューグ隊長も部隊をまとめ合流した。
なんとか態勢を整えられたかとオルスが思った瞬間、オルスは強い衝撃を感じたと思ったら自分の体が宙を飛んでいた。オルスは何が起きたのかと思ったがすぐに答えがでた。ゴブリンの中に魔法を扱えるものがいたようで、その魔法が自分の近くで爆発したのだった。
オルスは地面にたたきつけられた。
体中がいたみ、聞こえる音もわけがわからなくなる。ちらりと見た剣を握った右腕からは大量の血が流れていた。なんとか顔をあげると目の前にゴブリンがいた。ゴブリンは斧を振りかぶっていた。
オルスは死ぬなと思った。
軍に入ってもう二十年以上この死の瞬間を何度も経験してきた。10年前には、顔の右側に大きな傷跡を負った。だが、あの時よりも明確な死の予感を感じていた。
ついにか、と思った。
10年前の時は死神に嫌われたのかと思うほどの奇跡的に生き残ったが、あの時の奇跡はもう起きないだろう。自分はここで死ぬのだと思った。
オルスは目を閉じ、その死の予感に身を委ねようとする。
その時、オルスの頭の中に声が響き、瞼の裏にとある人物の顔が見える。
『もう一度私と会ってください。それを約束してください』
『必ずですよ』
ユリアの声と彼女の笑顔が。
オルスは目を見開く。そして、右腕を振るう。ゴブリンの両腕が飛んでいく。ゴブリンは絶叫をあげる。オルスはすぐさまゴブリンの首を斬る。
「約束があるのでな、まだ死ねん」
オルスはゆっくりと立ち上がる。立ち上がると同時に、ゴブリンの群れに突っ込んでいく。
体中の痛みをオルスは感じていない。そもそも自分が何をしているのかわからなかった。ただ彼の頭に会ったのは【生きる】という強い意志のみであった。
ゴブリンたちはオルスに本能的に恐怖していた。動きが鈍っていた。
周りの兵士たちもオルスの戦いに恐怖を覚えていた。ただひたすら眼前の敵を切りつづける彼に。
しばらくして、騎馬兵がやってくる。
「大丈夫か、助けに来たぞ」
それは近くにいた部隊だった。ヒューグが救援を頼んだ部隊であった。彼らも到着した時、オルスに恐怖したが、すぐに気を取り直す。
そして、彼らの助けでオルスたちは窮地を脱するのであった。
2週間後、王都の病院の一室にオルスはいた。オルスは昨日目を覚まし、先生に今日診察をしてもらった。
体中の痛みはまだ少し感じていた。先生からは「生きているのが奇跡」と言われた。そして、一週間ほどで良くなるだろうと言われた。右腕以外は。
オルスの右腕は大きな傷を負っていた。それを強引に動かし続けたことでまともに動かすことはできなくなったのであった。オルスはその事実にひどく衝撃を受けていた。もうオルスは今までのように戦えないのであるから。
その後、やってきたのは軍の将軍であった。オルスは将軍が見舞いに来たことにひどく驚いた。将軍からは王都南部の魔物の対処は終わったことを伝えられ、そして、感謝と謝罪をされた。
オルスの部隊を襲撃したゴブリンは最前線の部隊がとり逃したものであった。そして、オルスの奮戦がなければ部隊は壊滅していただろうとも言われた。
そして、その功績と今までの功績によってオルスは領地を授けられることになったとも伝えられた。
それはオルスがもう戦えないというのも加味されていた。
「そして、軍からの君への最後のプレゼントだ。本日付で君は軍人でなくなる。平和な世界で過ごしたまえ」
「ありがとうございます」
オルスは悔しさを覚えながらも、仕方ないことだと思った。戦えない兵士を雇っている余裕などないのだ。
将軍はヒューグから預かった手紙をオルスに渡し、再度謝罪と感謝を伝え去っていった。
続いてランパート子爵と夫人がやってきた。
「無理するなと言ったでしょ!」
夫人は目に涙を浮かべながら言った。オルスは「すみません」と謝った。
「でもよく生きて帰ってきました」
と言って夫人は笑った。ランパート子爵も「よく帰ってきた」と震える声で言った。オルスは二人が非常に心配したことを察した。
「心配かけて申し訳ありません。そして、心配してくれてありがとうございます」
オルスは頭を下げた。ランパート子爵と夫人は何も言わず、オルスの肩にそっと手をのせた。
三人はしばし何も言わなかった。
「それで、オルス、軍はどうなった?」
「やめることになりました。ですが、領地を貰うそうなのでそちらを管理しようかと」
「あなたが管理?できるの?」
夫人は尋ねた。オルスはぼそぼそとしゃべる。ランパート子爵と夫人は何を言ったのかと思い首をかしげる。オルスは前より少し声を大きくする。
「色々と教えてください、迷惑かけますが」
「迷惑ならどんどんかけてくれ、私たちは家族だ」
ランパート子爵はすぐにそう言った。オルスはその言葉にひどく感激しながら「助かります」とだけ言った。
その後、しばらく夫人が様々な話をした。愚痴やらなんやらも混ざっているいつもの雑談を。
「さて、そろそろ帰るよ」
夫人の話が一区切りすると、ランパート子爵は声をかける。夫人はまだ話足りないという感じであったが、すぐに「そうね」といった。オルスは珍しいなと思った。いつもはもう少しごねるのだがと思った。
「オルス、自分の想いには正直にするのよ」
「相手の想いの大きさを君はちゃんと理解するんだよ」
ランパート子爵と夫人は忠告のようなものをして去っていった。オルスはなんなのだろうと思った。
オルスはとりあえずこれで来客はないかと思い、将軍から預かったヒューグからの手紙を読もうと封をあけようとする。
その時、扉からノックの音が鳴る。オルスは来客はまだいるのかと思いながら、どうぞと入出を促す。オルスが誰だろうと思っていると、思いもよらない人物が入ってきた。
それはユリアだった。
オルスがユリアが来たことに驚いた瞬間、さらに驚ろくことになった。ユリアはオルスの元まで一気に来ると、オルスにだきつき泣き始めたのだった。
「生きててよかった。またお会いできてよかったです」
ユリアの突拍子もない行動にオルスはおろおろとするだけであった。とりあえず、ユリアが落ち着くまでは何も言わずされるがままにしようと思った。
しばらくして、ユリアは涙を流すのをやめた。そして、オルスが「落ち着きましたか?」と声をかけると、ユリアは「すみません」と言ってオルスから離れる。
「ごめんなさい、いきなりごめんなさい」
「いや」
オルスはユリアがここまで取り乱すとは思ってもいなかった。手紙を交わしていたが、まだ二回しかあっていない彼女の思いもよらない感情の吐露に少し困惑していた。
「オルス様が戦場で重傷を負ったと聞いて、死ぬかもしれないとも聞いて、すごくつらくて、つらくて」
オルスはユリアがそこまで思ってくれるとは思ってもいなかった。
「オルス様は私の手紙を返してくれて、うっとうしかったかもしれないのに。ちゃんと読んでくださっていたのがわかる手紙も嬉しくて」
ユリアはまた泣き始めていた。
「いつも手紙で王都に戻れたら連絡しますと書いてくれて、約束覚えてくれているようで嬉しくて、嬉しくて」
オルスは自分の手紙に必ずそれを書いたことを思い出す。自分のことを忘れてくれてもいいが、彼女が忘れてくれるまではそれに応え続けようと思ったのだ。約束は覚えていると伝えることで。
「ずっとまたお会いできるのを楽しみにしていたから、だから本当に会えてよかったです」
ユリアは笑った。涙でぐちゃぐちゃだったが、でも綺麗で可愛らしい笑顔だとオルスは思った。
「俺も君に会えてよかったよ。君の手紙はいつも楽しみだった。返事を書くのも楽しかった」
オルスは言葉をつむぐ。ユリアの大きな大きな想いをオルスは感じていた。
「戦場で死ぬかもしれないと思ったとき、君の顔と声がよぎった。約束が。今俺が生きていられるのは君のおかげだ」
オルスは笑顔を浮かべる。ユリアへの想いをオルスは実感していた。そして、それに嘘をついてはいけないと思った。
「オルス様、またお会いしてくれますか?」
「君が望むなら何度でも」
「約束ですよ」
ユリアは笑顔でそう言った。オルスは彼女の笑顔を好いていたことを自覚した。いや彼女自身を好きになっている自分を自覚した。
だから、オルスは自分の想いを伝える。
「ユリア嬢、今の俺は剣を握る腕を失い、力も職も失った。いくばくかの領地しかないただの男だ。しかも君と俺の年齢は親子ほど離れている。それでもよければ、結婚してほしい」
ユリアは驚いたような顔を見せた後、
「ぜひ」
と了承の返事をして笑顔を見せる。
「君を幸せにするために努力する」
「私もオルス様を幸せにするために努力します」
二人は笑顔を見せ、顔を近づける。
「ごほん」
とその時咳ばらいが聞こえる。オルスは驚き、声が聞こえた方向を見る。そこにはベルダー伯爵がいた。
「ベルダー伯爵?!いつからそこに?」
「ずっと前からだ。ユリアに続いて入ってきた。まあ君はユリアしか見ていなかったようだが」
オルスは噓だろと思う。つまり、さっきまでの一部始終をすべて見られていたことになる。
「ベルダー伯爵、せっかくの雰囲気を邪魔するなんて、可愛いユリアさんもっと見たかったのに」
「実の娘のキスするところなど親ならあまり見たくないよ、今のがベストなタイミングさ」
去ったはずのランパート子爵と夫人もそこにいた。オルスはほかにも見ていない人物がいたことに今すぐここから逃げ出したい衝動にかられる。
「しかし、オルスがここまでになるなんてね。恋は人を変えるというがここまでとはね」
「私もびっくりだ。うちの娘がここまでオルスを好きになるなんてな」
「あら私は初対面でお似合いだと思っていましたよ」
オルスとユリアを放って三人は話をしていた。ユリアは顔を真っ赤にしてずっと下を向いていた。ユリアは父たちがいるのを知っていたが、オルスを見てそれを完全に忘れていたのだ。恥ずかしさでいっぱいだった。
「で、ベルダー伯爵、どうします?彼らの結婚」
ランパート子爵がベルダー伯爵に問う。それを聞いたユリアは、びくっと体を震わせ、オルスに体を寄せる。離れたくないと示すように。
「ベルダー伯爵、必ず幸せにします」
オルスはベルダー伯爵に向かって真剣な表情で言い放つ。
ベルダー伯爵はオルスとユリアを一瞥し、はあとため息をつく。
「許すよ。ユリアの社交界の評判を回復してからいい相手を探そうと思ったのだが、ここまで想いあっている二人の仲を割くのは娘に嫌われそうだ。それはごめんこうむる」
ユリアは嬉しそうな表情を見せる。
「ただし、一年後だ。それまでは婚約。互いの気が変わったら婚約は解消!いいな?」
「「はい」」
オルスとユリアは声を揃える。
「すぐに結婚でもいいでしょうに」
夫人がぼそっとつぶやく。子爵は苦笑いを浮かべる。伯爵は夫人のほうをきっとにらむ。夫人はどこ吹く風といった様子であった。
「さて、あなた、私たちは帰りましょう。邪魔ものですし」
「そうだね、じゃ二人ともまたあとでね」
子爵と夫人は部屋を去る。
「ユリア、部屋の外で待っている」
ベルダー伯爵はそれだけ告げ部屋を出る。
二人だけになったオルスとユリアは互いを見合い、笑顔を浮かべる。
「オルス様、一年間ずっと私のことを想ってくださいね」
「一年どころかずっと想うよ、君のことを」
そして、二人は顔を近づけ口づけをかわす・・・