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首を吊りに(宮本勇一・二等兵)

 夜、私が兵隊(患者)さん達の間を巡回している時の事でした。

綺麗な南国の月灯りがジャングルを照らしています。


ふと目を移すと、一人の兵隊さんが庭で小用(小便)を足していました。

用を済ませ、病室へ戻って行く兵隊さん・・・。

どこか見覚えのある顔です。

その兵隊さんも片腕がありません。

私は巡回しながら、暫くその兵隊さんの事を思い出していました。


 「あッ! あの時の」


それは私がこの病院に来る時、一緒の輸送船の中で上官に殴られていた兵隊さんでした。

私は殴られて唇を切ったその兵隊さんに、「ハンカチ」を渡したのです。

あの時の兵隊さんが片腕を飛ばされ、この病院に入院して居たとは。

私は、あの兵隊さんがどことなく「兄」に似ていたので覚えていました。


 数日経った朝。

私と緒方軍医長と野嶋婦長さんの三人で、兵隊さん達の間を回診していた時の話です。

私はウッカリ、筵から出ていた兵隊さんの足先を踏んでしまったのです。

兵隊さんは私を睨んでムックリと起き上がり、


 「キサマ~・・・」


と怒り始めたのです。


 「あ! 失礼しました」


私は急いで謝り、その兵隊さんの名札を見ました。

名札には『宮本勇一ミヤモト・ユウイチ 二等兵』と書いて有りました。

よく見ると数日前の夜、外で用を足していたあの片腕の無い兵隊さんでした。

宮本さんも私を暫く見詰めていて、


 「あッ! あの時の」


私は軽く会釈をして、その場を去りました。


 それから数日して、宮本さんの所に朝食を持って行くと、眼は私の方を見て居るのですが、何も喋りません。

医務室に戻って渡辺軍医に尋ねると、


 「脳にバイ菌が回った(破傷風)」


と言うのです。


 ある朝の事。

宮本さんは突然病院から居なくなりました。

歩ける兵隊さんが、病院から消えてしまう事は珍しくありません。

私は隣に寝ている『園田吾一 (ソノダ・ゴイチ)上等兵』と云う兵隊さんに、「消えた宮本さん」の事を聞いてみました。

するとその晩、宮本さんから、


 「殺してくれと」


と頼まれたそうです。

園田さんが、


 「イヤだ!」


と言って断ると、宮本さんは突然立ち上がりフラフラと病院の外に出て行ったそうです。

ここに入院して居る兵隊さん達は皆ギリギリの「階段」を登っているのです。

あの時、戦場の階段で足を踏み外せないで生きてしまった兵隊さんばかりなのです。


 その後の宮本さんですか?

分かりません。

たぶん夜の「ジャンルで階段」で足を踏み外し、奈落の底に落ちて逝ったのかも知れませんね。


 宮本勇一 陸軍二等兵

 (昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)

 園田悟一 陸軍上等兵

 (昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)

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