終戦を知らせに ②
翌朝、八時。
中庭にマダンの元兵隊さん達が集合して居ます。
緒方軍医長や金田さん達幹部は昨夜遅くまで、晒しを切って『終戦の知らせ』を作っていたそうです。
伊藤衛生兵が長机の上に、切った晒しの束と赤十字の旗、救急用具を並べました。
金田さんが高台に上がり、
「皆さんに伝えたい事が有ります」
集まった元兵隊さん達は、あらたまって金田さんの話を聞いています。
金田さんは、訥々と話しを始めました。
「この机の上に置いた晒しには、一枚一枚『終戦の知らせ』と集合場所、軍医長の名前(緒方光照 元ラエ第3野戦病院医院長)、私(金田崇裕 元ニューギニア方面陸軍作戦参謀少佐)の名前が書いてあります。山に入ったら二百メーター毎に『この伝達晒し』を木の枝に括り付けて下さい。この晒しはマダンの陣地までの目標にも成ります。そして翌日は、その目標を全て確認しに出向いて行って、無くなっている枚数を伝えて欲しいのです。今日は『握り飯とバナナ』をメードさん達が用意してくれました。小休止や昼飯の時、腹が空いたら食べて下さい。安全に十分留意し、怪我をせず、無理をせずに捜索に励んで欲しい」
「はいッ!」
元兵隊さん達の気合いの入った返事が中庭に響きます。
金田さんは高台を降りて、先頭に並ぶ土民の案内人達一人一人に固く握手して行きます。
『終戦伝達班』の十組が順番に長机に置かれたジャングルの地図と晒し、『赤十字の旗』、弁当とバナナ、救急用具を取って、案内人を先頭にジャングルの獣道に入って行きました。
いよいよ本格的な残存兵達の捜索が始まります。
そしてこれから先は、各伝達班による話しになります。
『第一班、中西元伍長の報告から』
「ジブン達は、マダンの陣地から十数キロ程入ったジャングルの所で、痩せた彷徨兵に出会いました。兵隊は一人、切り株に座って俯いて居ました。ジブン(中西サン)は走り寄り、声を掛けました。返事が無いので肩を叩くと兵隊の鼻と口から蛆がバラバラと落ちて来ました」
中西さん達三人の班は、マダンの陣地の元残留部隊です。
戦った事が一度も無い兵隊です。
ジャングルで戦う遊兵の悲惨さを目の当たりにして彼等は腰を抜かしたそうです。
案内人(土民)は身振り手振りで中西さんに、
「この兵隊は道に迷ったのでしょう。この辺に日本兵が潜んで居るはずです。『晒し』を木の枝に縛り、周りを探してみましょう」
と言ったそうです。
そこから一キロほど進んだ先に、洞穴が在ったそうです。
中に入ったが誰も居なかったそうです。
しかし、焚き火の跡が有り、日本兵の背嚢と飯盒、水の入った水筒、野豚の骨? が散らばっていたと言ってました。中西さん達は誰かに見られている様で寒気がしたそうです。急いで、『伝達晒し』を背嚢の上に一枚置いて、早々に立ち去ったそうです。
『第五班、佐々木元上等兵の報告から』
「ジブン達は川沿いに「伝達晒し」を括り付けて進みました。すると、遠くでボロボロの軍服らしきモノを纏って軍帽を被った日本兵が二人居りました。ジブン達は赤十字の旗を振り日本兵の傍に近寄って行きました。二人の兵隊はジブン達の軍服姿を見て、驚いてジッと見てました。そして、『衛生兵か!』と誰何されました。ジブンは二人の兵隊に自分達の元部隊名と事情を説明して、上官に「この伝達晒し」を渡して欲しいと頼みました。二人は最初、晒しを見てましたが、暫くして涙を流し始めました。そして、『金田少佐は生きて居たのか』と聞いて来ました。彼等は金田さんが居たフィンシュハーフェン守備隊の生存兵だと言っていました。ジブンは二人の兵隊に、必ず生存兵達にマダンの陣地に集まる様に伝えてくれと言って来ました」
『七班、野田元上等兵達の報告から』
「ジブン達は、ジャングルを西に奥へ進んで行きました。すると小さな滝が有り、数人の日本兵が裸で沐浴をしてました。ジブンは崖の上から『赤十字の旗』を振り大声で呼ぶと、彼等は手を振って答えて来ました。ジブン達は急いで下に降り、部隊名と戦争が終わった事を伝えました。暫くすると『赤十字の旗』に気付いたのか山に潜んで居た十人の兵隊が滝の岸に集まって来ました。最初は誰も信じてくれませんでした。ジブンは、『私は伝えに来ただけだ。信じてもらわなくても構わない』と言うと、一人の兵隊が号泣し始めたのであります。その中に居た上官らしき痩せ細った兵隊がジブンの前に歩み寄り、握手を求めて来ました。そして、『分かった。準備してからオマエ達の後に続く。ジブンはオマエ達を信じる。よろしく頼む』と言ってジャングルの中に入って行きました。暫くして『白旗』を掲げ、軍刀と三八銃二丁をジブンに渡したのです。ジブンは、『明日の朝、もう一度此処に迎えに来ます。その時まで待っていて欲しい』と言って戻ってきました」
『八班、伊藤元衛生兵の報告から』
「ワタシ達は海岸線を西にハンサ方面に向かいました。昼に成り、ワタシ達は椰子の木陰で赤十字の旗を砂浜に挿してメードが握ってくれたムスビと芋の茎の漬物を食べていました。すると突然、後ろから『オイ!』と声を掛けられました。驚いて振り向くと、痩せてボロボロの軍服・軍帽の三人の日本兵達に周りを囲まれました。彼等は芋の葉の上に置かれた残った『白米のムスビ』に目に点でした。ワタシは急いで立ち上がり、三人の兵隊に挙手の敬礼をしてムスビを差し出しました。兵隊達は残った二つのムスビを取り合い、むさぼる様に食べていました。ワタシは飯盒の蓋に茶を注ぎ、その兵隊達に差し出しました。彼等は熱い茶を一気に飲み干し、暫くして我々と話し始めました。兵隊達はワタシの赤十字の腕章を見て、『衛生兵ですか?』と聞いて来ました。話しをしていると、彼等はウエワクの守備隊だったそうです。そして、山の断崖にある洞窟にまだ二十人ほどの仲間が潜んで居ると言ってました。ワタシは彼等に戦争が終わった事を伝えると三人は暫くの間、何も言わず唖然として居ました。そして突然、一人の兵隊が大声て泣き始めたのです。ワタシは終戦伝達の「晒しの切れ端」を兵隊に渡し、『これを皆さんに見せて下さい』と言うと、その兵隊達は切れ端を開き、一瞥、一目散に仲間の所に戻って行きました。ワタシは別れる際に、『必ずマダンの陣地に集合して下さい!』と叫びました。その後、ワタシ達は川を渡って、更に西に向かいました。数キロ進むと川沿いのガジュマルの樹の上から、『誰か!』と誰何されました。急いで木陰に隠れ、『マダンの守備隊です!』と叫びました。すると、樹の上から痩せた兵隊が降りて来て、ジブン達に『略礼の挙手の敬礼』をして来ました。その兵隊は、『自分は見張りで、アイタペの守備隊の稲村部隊だ』と言いました。そしてこの奥に、部隊長代理以下五十人の兵隊達が山に散開して居ると言いました。ワタシは戦争が終わった事をその兵隊に知らせると、兵隊はジッとワタシ達を見詰め、『・・・だからどうするのだ』と聞き返して来ました。ワタシは、『ジブンは伝えに来ただけです』と言って『伝達晒しの切れ端』を開いて兵隊に見ました。そして、『これを部隊長代理に渡して下さい』と言うと、見張りの兵隊はその晒しの切れ端を軍袴のポケットにねじ込んで、ジャングルの中に消えて行きました。ワタシは見張りの兵隊の言ったあの『ダカラ、ドウスル』の一言が、マダンの陣地の戻るまで頭の中をクルクルと回っていました」
『だからどうする・・・だからどうするのだ・・・だからどうする・・・』