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消えた感情

 年が明けて昭和二十年一月元日。

金田さん達は朝食後、緒方軍医長や私達医療関係者、ラエからの生き残りの兵隊さん達を交えて一月三日までに、『マダン』の日本軍陣地に着く計画を立てました。

今迄はラエからの兵隊さん達は、敗走した病院の彷徨兵でした。

しかし『今は、マダンで再起すると云うはっきりした目標』が出来たのです。

金田さんが昨年末、


 「正月中、連合軍は掃討を緩める」


と言っていました。

その隙を狙って山を下ると云う「戦法」です。

緒方軍医長達や私達は、イクサの戦法までは分かりませんから、金田さんの意見に従いました。

準備は年末からこの洞窟の中で着々と進めておりました。

準備と言っても持ち物は皆さん丸腰ですから、飯盒と釣り竿くらいしか持って行く物は有りません。いわゆる、『心の準備』です。

『作戦会議?』が終わると、私達は早々に洞窟を後にしました。

体力も気力も満ち満ちておりました。


 獣道ケモノミチ下る途中、日本の兵隊さんの「ちたムクロ」を数体見ました。

通り過ぎるたびに、私達は深く合掌しました。

ムクロに合掌していると私はいつも妙な気持ちに成ってしまうのです。

それは『人間の形』です。

 看護学校では「人間の仕組み」を勉強しました。

でも、このニューギニアの戦場では「人間の形」ばかり見て来ました。

 生きて居ると云う事。考えて会話すると云う事。過去を思い出すと云う事。気が狂うと云う事。

数週間前にはこの朽ちた骸にも、「それ」が在ったのです。

しかし今はただの『骸』。「それ」は何処かに消えてしまったのです。

何処に行ってしまったのでしょう。

虚しさだけがムクロの周りを漂って居るのです。

骸は語るわけがありません。

でも、骸は私に語りかけて来る様な気がするのです。

「錯覚」でしょうか・・・。


その骸の中で、かろうじて肉体の一部が残って居る『名もなき兵隊』の遺体がありました。

骨と化した手指には、遺体のアブラと泥が染み付いた『写真』が握られていました。

それは一瞥して「家族の写真」と分かりました。

しかし、もはや私には感情は無くなりました。

合掌を終え、早々に私達はマダンを目指しました。


 伊藤衛生兵の掲げる『赤十字の旗』を先頭に、黙々と先を急ぐのです。

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