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豚とハイエナ

 今、この洞穴ドウクツの壁には天皇陛下からの軍人勅諭ではなく、緒方軍医長の書いた『人間勅諭・六箇条』が貼ってあります。


         『人間勅諭』

一つ、希望を持って今を生き抜く事。

二つ、栄養を考え健康に留意して生き抜く事。

三つ、気持ちを平穏に保ち、怒り(ストレス)を忘れて生き抜く事。

四つ、身体は常に清潔に定期的に川で沐浴をして生き抜く事。

五つ、互いに支え合う精神を忘れないで生き抜く事。

六つ、命を粗末にしないで生き抜く事。


 私達は尾籠ビローの木の皮で作った『ボール』で、金田さん達のグループとラエの病院グループで野球の試合をしたり、野豚を追いかけたり、釣りや果実を採ったりと、久々に楽しい敗残生活をしていました。

今迄の恐ろしい環境から抜け出した事に、気持ちは緩んでいました。


 ある日の事、金田さんと金田さんのグループの一人の方が、「野豚獲りの仕掛け」を見に行った時の事でした。

二人は豚を一匹、棒にぶら下げ、戻って来ました。

戻って来ると、二人は私達病院グループを見て、


 「『ハイエナ』と会ってしまったよ」


と奇妙な話しをしたのです。

私はニューギニアにもハイエナが居るのかと不思議に思いました。

すると軍医長が先に、


 「島にもハイエナが居るのですか?」


と聞き返しました。

金田さんは、


 「ヒト喰い人間ですよ」


と答えました。

金田さんと同行した一人の方が、


 「そのハイエナ達は背中に骨付き肉を背負って、ジブン達に軽く挨拶をし、急いでジャングルの中に逃げて行った」


と言うのです。

私はふと、『あの日の事』を思い出しました。

川沿いで焚き火をして、人の足の肉を喰っていた日本兵達です。

緒方軍医長はハイエナが何かは分かっていた様ですがトボけて、


 「何の肉を担いでいたのしょうねえ」


と金田さんに尋ねました。

すると金田さんは細かく説明してくれました。


 「ヒトの肉ですよ。あの連中は野垂れ死んだ兵隊の肉を探して喰っているんです。それも新鮮な肉を探してジャングルの中を彷徨サマヨって居るのです。最後は自分も喰われてしまうのにね」


軍医長はわざとらしく驚き、


 「怖いですねえ。・・・で、そのヒト喰い兵隊と云うのは山から降って来たのですか」


と聞くと、


 「何だ。軍医長達もご存知だったのですか」

 「え? あ、まあ」

 「とにかく自分達は四六時中、狙われているんです。だから夜も洞窟の入り口に二人の見張りを立てて居います。二~三日前も三人で川に釣りに行った仲間が、マングローブの木の陰でジッと自分達の様子を伺っている日本兵が居たと言ってました。喰われたくなければ、あまり一人で行動しない方が良いですよ。この洞穴の前の道は、獣道ケモノミチですからね」


私と嶋田婦長はそれを聞いて、顔を見合わせました。

私達は連合軍や土民に狙われるだけではないのです。

日本兵のケモノまでが、私達の肉体カラダを狙っているのです。


 私はあの時、洞窟に残して来た渡辺軍医、中村看護兵、松本衛生兵、立てなかった兵隊さん達が今どう成って居るかと思うとゾッとしまた。

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