三途の川の川縁(カワベリ)にて
私達は『赤十字の旗』を先頭に、川縁に沿って歩いて行きました。
・・・すると、先の方に「五人の兵隊」さんが座って居ります。
兵隊さん達は焚き火を囲んでいました。
河村看護兵が声を掛けました。
すると、兵隊さん達は蜘蛛の子を散らすかの様にマングローブの林の中に逃げて行きました。
私達を敵と間違えたのでしょうか。
私達は焚き火の跡を通り過ぎました。
すると後ろで兵隊さん達が何か騒いでいます。
振り向くと焚き火の周りに、皆さんが集まって居ます。
私は食べ物の残りでも有ったのかと思い、急いで焚き火の所に戻りました。
緒方軍医長達も来ました。
するとそこにコンガリ焼けた肉の塊と、内臓の様なモノがバナナの葉の上に載せてあります。
私は「野豚」でも仕留めて食べていたのかと思い、葉の上に載る「ご馳走」を見つめていました。
すると突然、軍医長が、
「見るなあッ!・・・行くぞ」
と怒鳴り、先に行ってしまいました。
私はあまりの空腹にたまりかねて、焼け残った肉を一片頂戴しました。
焼きたての肉は実に美味しかったです。
肉なんて食べたのは随分昔の話しでした。
私が食べている所を見て、一人の兵隊さんも仲間に入りました。
私達は、顔を見合わせ笑いました。
『頬っぺたが落ちる』とはまさにこの事です。
二人が食べているのを見て、他の兵隊さん達も集まって来ました。
兵隊さん達は、残りの「焦げた肉の塊」を食べ始めました。
すると軍医長が急いで戻って来て、突然、私の頬にビンタを喰らわしたのであります。
緒方軍医長があれほど怒った顔を見たのは初めてです。
軍医長は、焚き火の傍に茂っているマングローブの樹の根元に私を引きずって行きました。
「コレを見ろッ!」
私は『それを見て』、その場で食べたモノを吐き出しました。
そして泣きながら腿の肉が削ぎ取られた、『日本の兵隊さんの御遺体』に合掌しました。
その御遺体の手に握られた空の飯盒には、白いペンキで「飯田」と云う名前が書いてありました。
軍医長は私をきつい眼で見て怒鳴りました。
「看護婦で有る事を忘れるな! この事は絶対に言ってはならぬ! この島で遭った事は全て忘れろ。ヘドが出る」
私は緒方軍医長の『その言葉』を聞いて、悔しくて、悔しくて涙が止まりませんでした。
私はその『悔しさ』が、何なのか分かりません。
そしてその悔しさが何処から来たモノか、いつまで続くのか、どの様に消えて行くのかも分かりませんでした。
私は俯いて、また列に戻りました。
側に流れる川を見て、この川は『三途の川』ではないかと思いました。
私達はまさに、「三途の川」の川縁を歩いている様な気がしてなりませんでした。