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あの時、あの人達は生きていた

 私達は急峻なジャングルの道無き道を、小枝をかき分けながら進みました。

地図もコンパスも無い、頼りに成るモノと言えば「太陽と月と星」だけでした。

夜は洞窟を見付け、集団でジッとしていました。

食料は既に尽きています。

私達はラエの病院で傷病兵達が話してくれた『哀れな彷徨兵』の姿に変わり果ててしまいました。

蛇や虫、ミミズ、ネズミ、小トカゲ、草、樹の実、・・・全て生きるために食べざるをえませんでした。

病院を立ってから二十日間で兵隊さん達は半分(病院関係者十名他、患者三十名の合計四十名)に減ってしまいました。

『ウエワクの陣地』まで、約百八十キロ。

到底、私達の身体は持ち堪える事は出来ません。


 突然、カエルがあちこちで鳴き始めました。

また、大雨スコールが降って来ます。

痩せ細った兵隊さんの一人が、カエルを捕まえに外に出て行きました。

その兵隊さんはいくら待ってもフタタび洞窟には戻って来ませんでした。

緒方軍医長は空の一点を見詰め、雨の止むのを待っていました。


 ・・・雨は止みました。

緒方軍医長は兵隊さん達を見回し、

静かに、


 「行こうか」


と言いました。

しかし座る兵隊さん達は立ちません。

『立てないのです』。

兵隊さんの一人が、


 「軍医長殿、もう無理です。ジブンは此処に残ります」


と言ってポケットから油紙に包んだ『遺髪と爪』を取り出しました。

すると壁にもたれかかる十名の兵隊さん達も挙手をして、


 「ありがとうございました。ジブンも残ります」


と言って油紙の包みを軍医長に差し出したのです。

緒方軍医長は、


 「・・・分かった。預かる・・・」


と言って全員の油紙の包みを受け取りました。

「残る」と言う兵隊さんには、何も言いません。

私と野嶋婦長は、杖を突いて必死に立ち上がりました。

すると、

 『渡辺軍医、中村看護兵、松本衛生兵』

は立ち上がれません。

緒方軍医長は三人に近寄り、


 「・・・ダメか」


と声を掛けました。

三人は寂しく笑いました。

軍医長も寂しそうに、


 「・・・ご苦労さま。感謝するぞ。君達の事は必ず家族に伝える。残る患者達を頼む」


そう言って壁にもたれ掛かる三人の肩を優しく叩きました。

三人は一人一人、緒方軍医長に手を差し伸べ、固く握手をしました。

三人の目からは涙が溢れています。

私と野嶋婦長も残る三人の手を堅く握り、涙の顔で見つめ合いました。

渡辺軍医は緒方軍医長と私達を見て、掠れた声で、


 「後の事は私達に任せてください。もう、行って下さい。お世話になりました」


三人が一人一人、ポケットから油紙に包んだ『遺髪と爪』を緒方軍医長に渡しました。

軍医長は残ると言う兵隊さんを見て、唇を噛みしめながら立ち上がりました。

そして、


 「さあ、行こう」


と、自分に気合を入れるように言いました。

私は急いで緒方軍医長から『油紙の包み』を預かり『救急袋』に入れました。

立ち上がった兵隊さん達は皆フラフラです。

私は歩き出した兵隊さん達の人数を数えてみました。


兵隊さんは『二十名』。

緒方軍医長と崔軍医・河村看護兵・原看護兵・伊藤衛生兵・野嶋婦長・高山看護婦と私(杉浦)


の八名を入れて、『二八名』です。

兵隊さんの姿は空の背嚢、破れた軍帽、凹んだ飯盒、木の枝の杖、紐の切れた軍靴、襤褸ボロの軍服。体は痩せ細り、髪や髭は伸び放題です。


 暫く歩いていると、遠くで連合軍の自動小銃の音が聞こえました。

連合軍は武器も無い「幽霊」の様な敗残兵達を、まるでサルでも撃つ様に殺しているのでしょう。

逃げると云う事は、「抵抗」とみなされます。

『赤十字の旗』は連合軍から見れば、『治れば兵隊に戻る』とみなされているのです。

私はふと、ウエワクまで退却するより、海岸に下がり『マダン』に向かう方が良いのではないか思いました。

そして、その事を前を行く緒方軍医長にそっと提案してみました。

軍医長は、


 「フィンシハーヘンの次はマダンが攻撃される。黙って私について来なさい」


そう言われました。


 洞窟を出て三日目、私達は川(ラム河の上流)に辿り着きました。

三日間、ジャングルの中の迷走で兵隊さんは更に減って『十名』に成ってしまいました。

私は上陸時に見た「地図」を思い出しました。

川を下るとウエワクまではもう直ぐだと思っていました。

緒方軍医長もそう思っていた様です。

私達は川に沿って下りながら、海岸に向かいました。

軍医長は、


 「もう直ぐウエワクだ。頑張れ!」


と全員を励ましました。

しかし・・・。

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