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フィンシハーヘンの日本軍陣地

 ようやく辿り着いた「フィンシハーヘン」の日本軍陣地は、敗走して来た兵隊さんや傷病兵でアフれ返っていました。


私達が到着した翌日に、守備隊長から緊急報告が有りました。


 「もう直ぐ敵が上陸して来る。戦える者以外は直ちに此処ココを出ろ! 若干の糧秣(食料)は其処ソコの倉庫の中に有る。順番に糧秣を持ってこの陣地から立ち去るように!」


私はその言葉を聞いた途端、もう一度、目の前に末路を見た様な気がしました。

・・・もう、無理です。歩く事さえ出来ません。

ふと椰子林の間から海を見ると、フィンシハーヘンの陣地を連合軍の艦船が取り囲んでいます。

暫くすると、突然、艦船のあちこちから白い光が見えました。

砲撃が始まったのです。

空気を切り裂く音と共に、数発の砲弾が着弾して来ました。

私達は我先にと糧秣を取って、ジャングルに逃げ込みました。

幸い、私の近くに緒方軍医長達も居りました。

凄まじい砲撃です。

伊藤衛生兵は『赤十字の旗棒』を握りしめ、ジッと伏せています。

軍医長も近くの穴に身を隠し、頭を抱え伏せて居ります。

 この状態が一時間ほど続いたでしょうか。

私はそっと頭を上げ、今まで居た「フィンシハーヘンの陣地」を見ました。

陣地は、跡形もなく崩壊しています。

兵隊さんの遺体が散乱していました。

海上には無数の上陸用の舟艇が白線を引いて砂浜に向かって来ます。

緒方軍医長は起き上り、片膝カタヒザを突いて叫びました。


 「ラエの野戦病院は此処ココに在る。病院は此処だ! 患者は集まれ!」


その声を聞いて伊藤さんは、『赤十字の旗』を立てました。

散らばった兵隊さん達が少しずつその『赤十字の旗』の下に集まって来ます。

病院を後にした時にアレだけ居た兵隊さんが、随分減った様に思いました。

軍医長の掛けた眼鏡メガネは、曲がって片方のレンズにヒビが入っています。

軍医長は集まった兵隊さんを見回し、優しく笑って、


 「これだけに成ってしまったか・・・。ヨシッ! 皆な、故国クニに帰るぞ」


と言ったのです。

その言葉を聞いて、痩せ細った兵隊さん達は全員が大粒の涙を流しました。

私は、


 『あの緒方と云う軍医長は立派な方だ』


と、つくづく思いました。

先の見えない硝煙の道に、『灯りの道標』をトモシてくれるのです。


 フィンシハーヘンの日本陣地から激しい銃声の連射音が聞こえて来ました。

私は、あそこに残った兵隊さん達は全滅だろうと思いました。


 「忠義、命令、服従、そして玉砕」


兵隊さんにとって生き残ると云う事は「恥」であり「地獄」なのです。

此処に残った兵隊さん達は生きている限り、このジャングルの「地獄」の中を彷徨サマヨい、歩き続けるのでしょうか。

緒方軍医長は三人の看護兵達と話し合っています。

そして私達の所に来て、


 「山側のジャングルを西に向かって、『ウエワク』の日本軍陣地に行こう」


と言ったのです。

私は「山」と聞いて驚きました。

フィンシハーヘンから敗走する時に部隊長から渡された少しの食料。これだけの食料で兵隊さん達をジャングルの山側を歩かせたら、『死』以外にありません。

伊藤衛生兵の握る『赤十字の旗』は、たな引きもせずにジャングルの奥へと進んで行きました。


 フィンシハーヘンの方向から私達を追うように、数発の「手榴弾」の爆発音が聞こえて来ます。

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