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永遠の別れ

 病院の中から、緒方軍医長の叫ぶ声が聞こえて来ました。

ムシロの上に横たわる沢山の兵隊さんに「檄」を飛ばしている様です。


 「行くぞ! ワタシは君達を殺したくないんだ!」


兵隊さん達の答える声は聞こえて来ません。

突然、一人の兵隊さんの悲鳴の様な声が聞こえました。


 「手榴弾を置いて行って下さいッ!」


それがきっかけと成ったのか、残った兵隊さん達の声があちこちから聞こえてきました。


 「軍医長殿、先に行って下さい! 我々も、後から行きます!」

 「軍医長殿、ありがとう御座いました」

 「ジブンは手が有りません。手榴弾のピンが抜けません。どうしたら良いのでしょうか」

 「オマエ等、早く行け! オレの死にザマを皆なに伝えろよ」


私は思いました。

 『行くも地獄、止まるも地獄』。


病院から軍医長が出て来ました。

それを見て、伊藤さんと松本さんが急いで保管庫の中に入って行きます。

二人は木の箱を抱えて病院の中に入って行きました。

軍医長は河村さんと原さん、中村さんの三人の看護兵を連れて、また病院の中に入って行きました。

軍医長の悲痛な泣き声が聞こえて来ました。


 「もう一度、言う! これが最後だ。皆なで帰ろう」


すると、


 「コツ、コツ、コツ、コツ・・・」


と机の上に何かを置く音がします。

その音が終わると、軍医長の『涙の叫び声』がまた聞こえて来ました。


 「分かった。・・・すまん! ・・・皆な、よく戦ってくれた。それじゃ、我々は先に行く。いいな。・・・分かったな・・・」


緒方軍医長が俯いてムシロの病院から出て来ました。

そしてキビスを返し、病院に向かって不動の姿勢で挙手の敬礼をしました。

それに続いて崔・渡辺の両軍医、野嶋婦長と私、三人の看護兵、二人の衛生兵、そして中庭に整列した全ての歩ける痩せ細った兵隊さん達も、軍医長にナラって不動の姿勢で敬礼をしました。

皆さんの眼から涙が溢れ出ていました。


 私は『分ったな』と聞こえた緒方軍医長の言葉が、頭の中をグルグルと回っていました。


残留した兵隊さん達の咽び泣く声が病院の中から聞こえて来ます。

最後です。


 『これが最後なのです。永遠の最後の別れの声なのです』


軍医長は敬礼を解いて、整列した私達の方を振り向き、


 「これから故国クニに帰る! 少し遠い旅に成るが、前の者に遅れずに付いて来て欲しい」


と言いました。

整列した兵隊さん達の返す言葉は聞こえません。

緒方軍医長は言葉を続けます。


 「皆な、倉庫から持てるだけ糧秣(食料)を持って来てくれ。無理するな。持ってるだけだぞ。そしてワタシの後に続いてくれ!」


すると松本衛生兵が、支柱から下ろした『赤十字の旗』を、物干し竿にヒモで縛り、高くカカげました。

軍医長が、


 「早く糧秣を持ってきなさい。行くぞ!」


と、また檄を飛ばしました。

兵隊さん達は次々に倉庫に入り、食料を背嚢に詰めて出て来ます。

私達は『赤十字の旗』を先頭に、緒方軍医長の後に続きました。


「故国(日本)」と云うあまりにも遠い思い出の場所に向かって『ラエの第3野戦病院』を後にしたのです。


 私は、振り向きました。

痩せこけた幽霊の様な兵隊さん達の長い列が続いています。

すると、後ろの兵隊さんが私に声を掛けて来ました。


 「看護婦サン、オレはどうしたら良いのだろう」


ジブン達では無いんです。


 『オレ』


なのです。

私(杉浦仁美・十八歳)は励ますようにきつく答えました。


 「前に歩くのです! シッカリと前へ向かって進むのです」

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