武器を取らない兵隊(患者)
深夜、病院の扉を激しく叩く音がしました。
当番の原看護兵が扉を開け、誰かと話をしています。
院内の兵隊さん達は耳を澄まして聞いています。
「至急、傷病兵を移動して下さい。敵が近くまで来ています!」
ラエ高地の守備隊から下がって来た兵隊さんの様でした。
夜が明けて、急に病院の中が騒がしく成りました。
三五八名もの莚のベッドに横たわる兵隊さん達。
緒方軍医長の声が聞こえます。
その声はとても落ち着いた声でした。
松本、伊藤の衛生兵が長机を数脚、病院内の入り口に並べ始めました。
私は、
「いよいよ、来る時が来た」
と覚悟を決めました。
すると二人の衛生兵は机の上に、松葉杖、鉄帽、三八銃、短銃、背嚢などの保管庫に有った全ての物を並べ始めたのです。
兵隊さん達はジッと成り行きを見詰めています。
暫くして軍医長が病院内の正面に立って、こう言いました。
「一人で立って歩ける者は起立してくれ」
寝巻きを着た痩せてふらつく兵隊さんが「相当数」、莚のベッドから立ち上がりました。
「オマエ達は、直ぐに着替え、机の上に有る自分の所持して来た物を取って外に並べ」
兵隊さん達は順番に、粛々と長机の上に置かれた物を取って外に出て行きます。
私と野嶋婦長も急いで髪を切り『兵隊の軍服に着替え』、赤十字の腕章を腕に、救急袋を両肩に掛けて外に出ました。
救急袋の片方の中には、軍医長から預かった大切な兵隊さん達の『存在した証』が入っています。
兵隊さん達が整列しています・・・。
軍医長は、机の上の残された三八銃と短銃を暫く見ていました。
そして外に出て来て、
「オマエ達の中で武器を忘れている者がいる筈だ。もう一度、此処に来た時の所持品を思い出してみなさい」
と言いました。
しかし・・・、誰も『武器』を取りに机に戻る者はいません。
軍医長は再度、繰り返しました。
「此処に来た時の所持品だぞ?」
兵隊さん達は誰もそこを動きません。
すると、一人の兵隊さんが、
「軍医長殿、ジブンにはそんな『重いモノ』は持てません」
軍医長は整列した兵隊さんを一瞥し、苦笑しながら病院の中に戻って行きました。
病院の中には相当数の動けない兵隊さんが残されているはずです。
私は心配になり河村看護兵に尋ねました。
「手榴弾を置きに行ったのですか」
河村さんは私を見て、
「何故、手榴弾を置いて行かなければならないのだ」
と逆に質問をされました。
私は、
「あの兵隊さん達はどう成るのですか?」
と再度、尋ねました。
河村さんは、
「ワタシには分らない。軍医長が決める事だ」
と言いました。