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引き金②(山下紘一・上等兵)

 私が深夜の巡回中の事です。


 「ターン・・・」


外の厠(便所)から銃声が響きました。

急いで厠に行くと、銃を顎にあて、立ったままコト切れている兵隊さんが居ります。

銃声を聞いて緒方軍医長以下全員の医療関係者が集まって来ました。


 夜が明けて野嶋婦長に詳しい事を聞くと、「自殺」した兵隊さんは元サラモア守備隊の方で『山下』と云う名前だそうです。

院内の保管庫から「三八銃」を取り出して自殺を図ったと話してくれました。


 「山下?」


それを聞いて二日前に病院の長椅子で話をした、あの元教員の兵隊さんの事が頭を過ぎりました。

私は急いで裏の火葬場に行ってみました。


 火葬場の黒板に、「逝った日」と「正」と云う文字が「二つ」書いて有りました。

ムシロ敷きの床の上には十体の遺体が並べて有ります。

遺体には軍隊毛布が掛けられ、顔に白い布が被せてありました。

その中の一体に『自殺』と書かれた紙が置かれて有ります。

私は顔に掛けられた白い布をそっと開けて見ました。

・・・やはりあの時の山下さんです。

山下さんのツムられた目尻には、薄っすらと涙がニジんでいました。

山下さんの語ってくれた『サラモア事件』の事を思い出すと、弟を撃てと命じた部隊長がつくづくウラめしく思います。

命じた部隊長は、いつしか自分でも分からない内に気が狂ってしまったのでしょう。

 『大義、親をも滅す』

と云う言葉が有ります。

部隊長はそれを試したかったのかも知れません。


「精神を強化すれば、皇国を守る守護神に成れる」


そんな事、誰も信じては居なかったはずですが。


 『命令と服従』

部隊長のあの一喝で、この元教員の山下さんは自分をはっきりと取り戻したのでしょう。

山下さんは、戦場で人を撃った事が無いと言ってました。

自分を取り戻して、ふと、向いてはいけない後ろを振り向いてしまったのかもしれません。

 そして、初めて銃の引き金を引いた『それ』は、後ろに居た自分だったのかもしれません。


 山下紘一 陸軍上等兵

 (昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)

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