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引き金①(山下紘一・上等兵)

 その兵隊さんは痩せて気の弱そうな方でした。

病室の陽のさす窓際マドギワ・・・。

椅子に一人座って私をジッと見つめていました。


 気に成ったので、近寄って声を掛けてみると、名前は『山下紘一ヤマシタコウイチ上等兵』と名乗りました。

「腸チフス」に罹ってしまったそうです。

少し話して居ると山下さんはため息混じりに、私にこんな事を話すのです。


 「自分は生きている事が嫌に成りました」


その『重い言葉』に、


 「そうですか」


と軽く答えてしまった私。

すると山下さんは、私に奇妙な事を聞くのです。


 「アナタは自分の身内を殺した事はありますか」

 「身内を殺す? どう云う事ですか」

 「実は私の小隊に偶然、弟がったのです。・・・私には弟(山下正一)は殺せなかった」


と言ったのです。

突然のその言葉。

私は意味が分かりませんでした。

山下さんは部隊長に『弟を殺せ』と命ぜられたそうです。


 「何処でですか?」


と尋ねると、


 「サラモアの守備隊です」

 「サラモアの守備隊!?」

 「はい」

 「守備隊内で脱走事件が起こりましてね」

 「ダッソウ?」

 「はい」


気の弱そうな山下さんは、訥々(トツトツ)と話し始めました。


 「・・・部隊長はサラモアを死守するつもりでした。敵の攻撃がより激しく成って来て、私達は玉砕を覚悟してました。部隊長は後退して、サラモア周辺に新たな陣地を敷く計画を立てました。それにあたり、『三人の斥候兵』を選んだのです。その中の一人が私の弟、『正一シヨウイチ』だったのです。弟は真面目な兵隊で、上官の言う事には従順でした。『抗命』する事など有り得ません。ところが、三人はいつまで経っても戻って来ませんでした。部隊長は再度の斥候を、五人選んで追尾したのです。暫くして、二度目の斥候達が戻って来ました。その斥候の一人は最初に出した斥候の一人を背負っていました。背負われた兵隊は、敵の狙撃兵に肩を撃たれ重症でした。負傷した斥候は、『弟を含む二人は急いで隊に戻った』と報告したそうです。しかし、時間が経っても二人は戻って来ません。部隊長は、不信に思い更に捜索隊を出したのです。暫くして、捜索隊に連れられ、『弟(正一)』が戻って来ました。捜索隊の報告を聞いていると、弟は洞窟に隠れて居たと言うのです。部隊長は部隊の規律引き締めの為、『脱走(兵)罪』と云う事で、兄のこの私に正一(弟)を殺せと短銃を渡したのです。私は『正一は逃げてはいません!』と叫びました。すると部隊長は私の耳元で、気合いの入った声で『撃て!』と再度、怒鳴っのです。私は思わず引き金に掛かった指に力が入りました。・・・撃てません。その後、弟は直ぐに外に連れ出されました。そして、整列した兵隊(仲間)達に銃殺されてしまったのです。私は急いで正一の傍に近寄って、痩せこけて意識の薄れて行く身体を抱き起こしました。すると正一は私を見て、そっと笑って息を引き取ったのです。私にはいくら軍規に違反したとは言え、たった一人の弟(正一)を撃つ事など出来ません。私はこの戦場で、いまだに敵兵すら撃った事が無いのです。・・・私は鬼には成れません」


そう言って唇を噛み締め、大粒の涙を流しました。

私は山下さんに尋ねました。


 「もし、よろしければ山下サンの入隊前のお仕事を聞かせてくれませんか?」

 「ワタシは、・・・私は『教員』でした」


 山下正一 陸軍二等兵

 (昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)

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