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安全ピンで止める(石田元治・二等兵)

 この日の夕方の事です。

外で痩せた兵隊さんが大声で自分の所属部隊、階級・名前を叫んでいました。

 「篠田部隊、石田元治イシダ・ゲンジ 二等兵ッ!」

兵隊さんは一見、元気そうに見えました。

その時は・・・。

 私は受付でその兵隊さんの所属部隊・名前・階級・傷の症状を聞いて問診票に書き取って行きました。

暫くして崔軍医(崔 純一・韓国出身)が隣りに座り、問診票を覗き込み、

 「・・・背中か?」

と私に尋ねました。

石田さん崔軍医の指示を待たず元気良く、

 「ハイ、背中でありますッ!」

と叫びました。

崔軍医は叫んだ石田さんを見て静かな口調で、

 「うん。じゃ、後ろを向きなさい」

と言いました。

 「ハイ!」

元気良くキビスを返し、背中を向けた石田さん・・・。

正面とは違い背中は軍衣が破れ、血で肌に張り付いていました。私は破れた軍衣をアカチンを流しながらそっと剥がしました。すると背中の傷の奥から白い風船の様なモノが見えました。その白い風船は膨らんだり萎んだりしています。崔軍医はそれを見て顔をシカめ、「コレは酷いな」と一言いいました。

そこへ赤十字の暖簾ノレンを割って、院内から緒方軍医長が出て来て、石田さんの背中を一瞥するや否や、

 「うん? 片肺の肺胞が見えてるじゃないか。薬が無いから歩けるなら隣の病院に行きなさい」

そして崔軍医に、

 「崔クンとりあえず傷口を安全ピンで止めときなさい」と、さり気なく命じました。

傷口を安全ピンで縫合治療をした石田さん。

 「ありがとうございましたッ!」

と、元気良く緒方軍医長と崔軍医に「挙手の敬礼」をして冥土のジャンルの道をテクテクと下って行きました。

 『隣りの病院?・・・』

隣の病院までは数十キロ、いや、百キロは有るでしょう。

私はこの石田二等兵と云う兵隊さんはそこまで辿り着けないと思いました。

隣りの病院とは、直ぐそこに見える『あの世』なのです。


 石田元治 陸軍二等兵

 (昭和十九年東部ニューギニアにて行方不明)

                           つづく

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