大空のヒーロー(阿川寛之・少尉)
夕方、私達捜索隊は、落ちた「ゼロ戦の飛行兵」をようやく探し出し、連れて戻りました。
幸い飛行兵の方はさほど目立った怪我は有りませんでした。
その飛行兵の背が高く、首に「純白のマフラー」を巻き、柔らかい長靴を履いて、歳の頃は二五〜六歳の『映画俳優』の様な方でした。
「やっぱり、海軍ハンは格好良なあ」
と外で迎えた壊れた兵隊さん達は見惚れていました。
この気の抜けた病院ではまさしく『ヒーロー(英雄)』です。
飛行兵の方は緒方軍医長に案内されて、病院内に入って来ました。
その途端、あまりの酷たらしさに驚いた様でした。
軍医長は、
「空から見ていると分からないだろうが、地上の状況とはこんなモノだ」
とその飛行兵に話しました。
飛行兵の方は何も答えずに、兵隊さん達全員を見回し、踵を鳴らし「海軍式敬礼」をしました。
それを見て私は、
『素敵~!』
と心が揺らぎました。
が、敬礼をしながら頭を右から左に回して行く姿を見て、私は涙が出て来ました。
この飛行兵の方は海軍を代表して、「壊れた兵隊」さん達に「敬礼」で、精一杯の感謝の気持ちを伝えているのです。
その晩、医務室で緒方軍医長や私達病院関係者を交え、飛行兵の方の歓迎会を行いました。
久々に「ダンピールの樽」から菊正(日本酒)と鮭缶を持ち出し乾杯です。
話しをしている内にその飛行兵は、名前を「阿川寛之中尉」と言って、「ラバウル」から飛んで来たと話してくれました。
緒方軍医長は驚いて、
「ラバウルは壊滅したのではないですか」
と尋ねると阿川飛行兵は、
「掩体壕に二機、格納してあった内の一機です。もう一機は途中落とされ、自分は特攻のつもりでラエ高地に向いました」
と語ってくれました。
「どうせ捨てた命。機と共に自分は此処で死にます!」
と言って、菊正の盃を飲み干したかと思いきや、胸のベルトから短銃を取り出しコメカミに当てたのです。
軍医長は驚いて、
「やめなさいッ! 此処は病院だぞ。患者達がキミを助けたんだ。キミ一人が死んでも日本は変わらない。生きて、これからの日本を作り変える事が、キミの人間としての使命じゃないか!」
と怒鳴ったのです。
私達は緒方軍医長の迫力有る説得を聞いて、拍手しました。
翌朝からこの阿川飛行兵は、頼んでも無いのに病院の庭に花壇を作ったり、物干し場を作ってくれたり、あらゆる雑役を率先してやってくれました。
私はこの海軍の兵隊さんこそ、日本の「カガミ」だと思いました。
「規律、言葉、態度」まさしく、文句の付けようが有りません。
この阿川さんと云う飛行兵はいつも起床後、庭で海軍体操をして『海軍五省』を大声で唱え、自分に気合いを入れてました。
阿川さんと話したと云う兵隊さんは、私にこんな事を言いました。
あのゼロ戦の男は、
「自分はアナタ達患者サンに助けて頂いたのです。だから私は軍人では無く、人間の姿で死んで行きたいと思います」
と。
私はその阿川さんと云う飛行兵の言葉に、何と無く胸に刺さるものがありました。
もしかしたら、これが私の「初恋」だったのかも知れません。