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同姓同名、同郷の兵隊(武次郎・上等兵)

 「六班の土屋上等兵、居オるか!」


朝、渡辺軍医が河村看護兵と私を連れて、ムシロのベッドの兵隊さん達の周りを誰何スイカして回りました。

すると、


 「ハイ!」


『三人の兵隊(患者)さん』が莚に横たわりながら手を挙げました。

渡辺軍医が、


 「土屋武次郎上等兵だ!」


と再度、確認しても三人は手を下ろそうとしません。

渡辺軍医は怪訝ケゲンな顔で、


 「アンタは皆、ツチヤタケジロウと云うのか?」

 「はい」

 「ハイ」

 「はい」


三人が答えました。

奥のムシロで、横に成って手を挙げている武次郎と云う兵隊さんが、


 「他にもタケジロウは居ますよ」


と言いました。

そのタケジロウさんは片目を怪我をして、顔半分を「包帯」で巻いていました。

中ほどで横たわりながら手を挙げている兵隊さんも、片目に厚い「眼帯」をしています。

眼帯のタケジロウさんは、包帯のタケジロウさんを見て、


 「オメー、タケけ?(茨城弁)」


と尋ねました。


 「ンダ・・・」


包帯を巻いたタケジロウさんはジッと眼帯のタケジロウさんを見詰めて、


 「おおッ! オメー、タケか ・・・俺だ」


と言いました。

タケさんもタケジロウさんを見詰めて、


 「・・・おお、タケサンだ。何だ、こんな所に居たんけ。何処ドコをやられた?」

 「この通り、右目だ」

 「俺は、左目だ」


と答えました。

渡辺軍医達は呆気に取られて、暫く二人を見ていました。

すると渡辺軍医が、


 「オマエ等は同姓同名か?」

 「ハイ! 親戚です」

 「シンセキ!?」

 「そうです。生まれた日も同じです。違うのは名前の漢字が武士ブシのタケとヤマのタケだけであります」


それを聞いて、莚に横たわる兵隊さんから一斉に笑いが起こりました。

どこからか声がしました。


 「・・・それじゃあ死ぬ日も一緒じゃのう」


その声を聞いて病院内からまた一斉に笑いが起こりました。

私は『それ』を聞いて居て、『神様とは何と云う偶然の悲劇(喜劇?)を作り給う事か』と驚きました。

ところが・・・。驚いた事に、三人目のタケジロウさんが居たのです。

その兵隊さんは、


 「俺は取手のタケジロウだ」


と言いました。

それを聞いた二人のタケジロウさんは、


 「何? あの取手のタケサンけ? オラ、竜ヶ崎のタケだっぺよ。あ~んだ、皆~んな親戚じゃねーけ」


私達は眼を丸くして三人を見ていました。

そして河野看護兵が冗談で、


 「他にツチヤタケジロウの親戚が居たりしてのう」


と言うと、他の班からも二人が手を挙げて、


 「親戚です」


と答えたのです。

河野看護兵は、


 「まさか・・・、オマエ等も同姓同名じゃないだろうな」


と聞きました。

すると、


 「違います。ジブンは鈴木武次郎です」


もう一人は、


 「ジブンは、斎藤竹次郎です」


と答えました。

するとまた、兵隊さん達の間から笑いと、どよめきが起こりました。


すると何処からか催促する声がしました。


 「軍医殿、ご用の件は何でしょうか?」

 「おお、そうだ。料理の上手ウマい兵隊を探している。土屋上等兵が板前だと聞いたので当番を務めてもらおうと思ってな。できたら五~六人探しているんだ。あの『樽』の食料も有るしな。自信の有るモノは挙手をしてくれないか」


と渡辺軍医が言うと、一人のタケジロウさんが、


 「ジブンは招集される前に群馬の前橋で食堂をやってました」


と答えたのです。

渡辺軍医の顔が歪みました。


 「おお、そうか。それは良い。アンタにもやってもらおう」


これだけの患者が居ると案外、調理経験者も多いものです。

とりあえず、手指、脚の付いている元気そうな兵隊さんを選んで、渡辺軍医が十五人ほど選択しました。

選ばれた兵隊さんは、ムシロの上に立ち上がりました。


 緒方軍医長が医務室(医局)から出て来て、起立している兵隊さん達を見回し渡辺軍医に、


 「集まったな渡辺クン。ヨシ、五人ずつで、朝、昼、晩を回したい。順番はその日の班長が決めてくれ。その他の事は選ばれた十五人の中で決めて欲しい。くれぐれも、喧嘩だけはしないように」


と言い残し医務室に戻って行きました。


 野嶋婦長と私は、選ばれたタケジロウさん達の名札の上に「番号」を書き、早速、昼食の支度をしてもらいました。

当番の兵隊さんは調理場の囲炉裏イロリにズラリと飯盒をぶら下げ、飯を炊いていました。

兵隊さん達は、ご飯が炊けたかどうかシャモジを取って何回も「ツマみ食い」をしていました。

ご飯を摘み食いするなど、内地では考えられない事です。

缶詰と道に生えている伽羅蕗キャラブキ、ワラビ、ハマボウ、セリ等を採ってきて、味噌汁の具にしたり醤油で煮たり、だいぶ豪勢なオカズが出来上がりました。

食べられない兵隊さんも居るので、その辺は上手く調理したらしいです。


 緒方軍医長達や看護兵、衛生兵達も非常に喜んで、美味オイしそうに「お代わり」までして食べていました。


 鈴木武次郎陸軍二等兵

 (昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)

 斎藤竹次郎陸軍上等兵

 (昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)

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