樽の蓋を開ける
砂浜に着いて、一息吐く痩せた兵隊(患者)さん達。
すると突然、緒方軍医長が、
「樽はないか!タルを探せ〜ッ!」
と力強い号令を全員に掛けました。
そこで崔軍医は初めて「樽」の意味が分かったそうです。
すると一人の兵隊さんが力無く砂浜を指さし、
「・・・あそこに見えるのは・・・樽じゃないか?」
それに続き、他の兵隊さんからも、
「あそこにも何か有るぞ。・・・あッ、タルだ!」
それを聞いて軍医長が樽に向かって走って行きました。
痩せた兵隊さん達も、自分が見つけた樽に向かってフラフラと走って行きます。
暫くしてあちこちから、
「軍医長、この樽に糧秣(食料)と書いてあります」
「軍医、樽に雑貨と書いてあります」
「軍医長殿! 赤十字の印が書いてあります」
の声が聞こえて来ました。
緒方軍医長が、
「ヨシ、椰子の樹の下へ転がせえーッ!」
と号令をかけました。
兵隊さん達は必死に『樽』を転がして行きます。
だいぶ樽は集まりました。
が、粗末な物しか食べてない兵隊さん達です。
兵隊さん達だけではなく、緒方軍医長以下、呼ばれた私達医療関係者も空腹と疲れで、椰子の樹の下に倒れ込んでしまいました。
すると、一人の兵隊さんがため息まじりで、
「軍医長殿! どうやってこの樽を病院まで運ぶんですか。腹が減って動けませんよ」
すると河村看護兵が、
「糧秣(食料)と書かれた樽の中を開けてみましょうか」
と軍医長に提案しました。
軍医長は暫く考え、
「よしッ、河村くん。開けなさい!」
河村看護兵は急いで近くにコロがっている丸太を取って、樽の蓋を叩き割りました。
すると中から、
『米、乾パン、餅、缶詰め、茶、梅干し、魚の干物、昆布、塩、砂糖、醤油、味噌・・・』
が出てきました。
河村看護兵はもう一つの「赤十字の印」がペンキで書いて有る樽を開けると、中から病院に必要な医療用器具や薬まで出て来ました。
これには私も眼が眩むほど驚き、その場に倒れこんでしまいました。
暫く全員が小休止を取り、久しぶりに「まともな食事」にあり付けました。
小休止が終わると、力の付いた兵隊さん達は病院に向かって、樽を転がして行きました。