輸送船の樽(辿り着いた補充兵)
私の問診帳に『極楽蝶』がとまっています。
その日は私と崔軍医が受付で、『壊れた兵隊さん』の問診をしていました。
すると、五人の土民が兵隊さんを背負って受付にやって来ました。
背負われた兵隊さんは、
「着いた、着いた〜ッ!」
と気が狂った様に騒いでいます。
外が騒がしいので、野嶋婦長さんが病院から出て来ました。
婦長さんは土民達の言葉が片言ですが分かる様です。
そして崔軍医に、
「砂浜に沢山の日本兵が倒れています」
と報告しました。
崔軍医は『ソレ』を聞くや、驚いて急いで軍医長に報告に行きました。
暫くして、崔軍医と緒方軍医長、渡辺軍医等が病院から出て来ました。
崔軍医は受付を渡辺軍医に代わってもらい、緒方軍医長と二人で浜に向かいました。
一時間ほど経過した頃でしょうか。
私と渡辺軍医が受付で並ぶ兵隊さんを捌いていると、軍医長と崔軍医が年配の兵隊さんを背負って戻って来ました。
治療室に向かう背負われた二人・・・。
治療室で緒方軍医長が背負って来た兵隊さんに事情を聞いている様でした。
すると一人の兵隊さんが、
「ダンピール海峡で輸送船が攻撃され、私達は海に飛び込んで逃げた」
と話したそうです。
軍医長は、
「輸送船!?」
そして再度、確認する様に、
『ユ・ソ・ウ・センだな』
と聞き返していたそうです。
軍医長のその顔は薄笑いを浮かべ、間延びしていたと同席した高山(看護婦)さんが言っていました。
そして、緒方軍医長は崔軍医に『樽』があるはずだと訳の分からない事を耳打ちしたそうです。
崔軍医は怪訝な顔で、
「タル?」
と尋ねると軍医長は黙って治療室を出て行ったそうです。
崔軍医と高山(看護婦)さんは急いで緒方軍医長の後を追うと、軍医長は兵隊さん達の横たわる『筵のベッド』の中ほどに立ち、ニコニコしながら、
「手足が付いて、歩けるものは立ってくれ」
と怒鳴ったそうです。
それを聞いて、三十名ほどの兵隊さんが立ち上がったそうです。
軍医長は立ち上がった兵隊さん達を見回し、
「これから、浜に行くぞ!」
と号令を掛けたそうです。
崔軍医は「まさか浜に上がった兵隊達を助けに行くのでは」と思ったそうです。
すると、
「樽を探しに行く!」
と言ったそうです。
兵隊さん達から、どよめきが起こり、
「タル? タル?」
と騒いだそうです。
中には、
「酒樽か?」
「いや、味噌樽だ!」
「バカ、棺桶だ」
などと冗談を言って、大笑いをする兵隊さんも居たそうです。
すると真剣な顔で緒方軍医長が、
「宝物だ」
と言ったそうです。
兵隊さん達は驚いて、
「ダンピールの宝物か。何処かで聞いた事があるぞ?」
「バカ、それを云うならソロモンの宝物だ」
と大笑いをしてたそうです。
するとまた軍医長が、
「まさしく、その通りだ! その宝物を探しに行く。今、立った者は外に出て並んでくれないか」
と言ったそうです。
暫くすると痩せた兵隊さん達がだらしなく中庭に並びました。
最後に出て来た緒方軍医長は居並ぶ兵隊さん達を見て、
「これだけの人数だ。敵の戦闘機に見つかるなよ。向かうは吉良屋敷ではなく、隠れる場所がない砂浜だからな」
と気合いを掛けました。
兵隊さん達は笑いながら、
「はい」
と、頼りのない返事を緒方軍医長に返しました。
「じゃ、行くぞ!」
の軍医長の号令一喝、兵隊さん達は全員で砂浜に向かって行きました。
勿論、その時は「私」も呼ばれ、同行しました。
受付は野嶋婦長に代わってもらいました。