飯盒の生肉(日高清介・軍曹)
その兵隊さんの毛布には『日高清介軍曹』と書いてありました。
「肩の貫通銃創」で筋肉が破断して左腕が動きません。
日高さんも鳴海さんと同じ様な経験をしたそうです。
それは、獣道で出会った『井上』と云う兵隊さんの話でした。
その兵隊さんは奇妙な事に、いつも日高さんより前を歩かなかったそうです。
小休止した時の事を話しです。
井上は腰にぶら下げた飯盒の蓋を開けて、肉の塊りを日高さんに見せてくれたそうです。
そして、
「これは野豚の肉です。柔らかくて美味いですよ」
と言って日高さんに勧めたそうです。
肉は桃色でとても旨そうな肉だったそうです。
暫く肉などにお目にかかった事の無い日高さん。
生唾を飲み込んだと言ってました。
日高さんは遠慮なく頂いたそうです。
「どうです? 旨いでしょう」
「うん! 久しぶりに本物の肉に有り付けた」
と答えたそうです。
すると井上が、
「ここが一番、旨い所です。食べてみて下さい」
と言って指をさしたそうです。
日高さんは遠慮なく食べみたそうです。
すると井上と云う兵隊さんは、
「これは『レバー(肝臓)』です。ここも旨いですよ」
と小刀で切って勧めて来たそうです。
「レバー?」
日高さんは、井上の肉の部位の話が少しずつ変化して行くので、変だなと思いながら聞いていたそうです。
すると、
「自分は内地で西洋料理のコックをやっていましてね。これはブタと同じ味です」
と言ったそうです。
『ブタと同じアジ?』
日高さんは一瞬、井上の顔を凝視して、蓋の上に置かれた肉を見たそうです。
「ブタと同じ? ブタと『オナジ』・・・? 」
日高さんは井上を見て、
「これはブタの肉では無いのか」
と聞いたそうです。
すると井上は日高さんの顔を見て、不気味な笑いを浮かべたそうです。
日高さんは蓋の上の肉を放り投げて、一目散に井上の前を走り去ったと言ってました。
井上は暫く日高さんを追いかけて来たが、諦めたのか、ジャングの中に消えて行ったそうです。
『ニューギニアのジャングルの獣道には人の肉を喰らう日本兵(獣)が居る』
日高さんは、
「あれは兵隊では無い。人間の皮を被った化け者だ」
と話してくれました。
化け者と化し、地獄の山中を彷徨う惨め極まりない兵隊さん達。
私はその化け者に変わり果てた『壊れた兵隊』さん達は、その後どうなってしまったのか・・・。
もう、やめましょう。こんな話。
日高清介 陸軍軍曹
(昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)
井上正吉 陸軍上等兵
(昭和十九年東部ニューギニアにて行方不明)