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聾(ツンボ)と歩く(藤田 勇・兵長)

 『藤田 フジタ・イサム兵長』もヤマイの兵隊さんでした。


藤田さんは「デング熱」に罹っていました。

この病院に辿り着くまでジャングルの中を、熱で朦朧モウロウとしながら彷徨サマヨっていたそうです。

頭の中は朦朧としているが、気持ちだけは妙に冴え渡っていたそうです。

子供の頃に遊んだ道端の石コロさえ、はっきりと思い出してしまうと言ってました。


 ジブンが自分の中に二人居たそうです。

「思い出すジブン」と、「考えるジブン」。

二人の『ジブン』が頭の中で喋ったり、笑ったり、怒ったり、悔やんだりしていたそうです。

そして最後に『もう一人の自分』。

その自分が二人の話を聞いているそうです。


 ジャングルの道はとても静かで、たまに風が通って行くと、その風は爽やかではなく、生臭い吐き気をもよおす様な風だったと言ってました。

時々、風に乗って「囁く声」が聞こえて来たそうです。

その声が聞こえ始めると自分の頭の中に「死神」が現れるそうです。

それはまさしく『万華鏡』の中に閉じ込められて居る様だと言っていました。


 何日経った事か、地図も無い、どこまで歩いたのかも分からない、そんなある日の事。


藤田さんは歩く気力も無くなり、腐った樹の株に腰をおろし、例によって「二人の死神」の話を聞いていた時の事だそうです。


ぬかるんだ道を一人の正常マトモな兵隊がフラフラ、ユラユラと揺れながら自分の前を通り過ぎて行ったそうです。

藤田サンは通り過ぎて行った兵隊の後ろ姿を、下から上までマジマジと見たそうです。

その兵隊はどう見ても悪い所は無い様に見えたそうです。

藤田さんは「脱走兵」かと思って呼び止めたそうです。

しかし、藤田さんが呼んでも兵隊は何の反応も示さなかったそうです。

背嚢に提げた飯盒には『山崎』と書いて有ったそうです。

耳が聞こえないのかと思い、急いで兵隊の前に歩み寄り「杖と手」で話し掛けてみたそうです。

すると山崎はニコニコと笑いながら、自分の『耳』と地べたの『蟻』を指差し、


 「アリに耳をやられた」


と言ったそうです。

山崎は人の良さそうな兵隊でニコニコと笑いながら、耳が聞こえなく成った理由ワケを細かく説明してくれたそうです。

聞くと、


 「夜、塹壕を掘って寝て居たら、両耳に蟻が入って来て鼓膜を齧られた」


と言うのです。

それだけではなく、その後、正常に歩けなく成ってしまったそうです。


 「このジャングルの蟻は何でも齧って行く」


と笑いながら話したそうです。

藤田さんとしては


 「ま〜あ、こんな兵隊でも、話す相手が出来た」


と心強く思ったそうです。

耳の聞こえない山崎と独り言を話す自分。

妙な珍道中だったそうです。

山崎は真っ直ぐ歩けないと言うので、藤田さんはカズラを握らせ、自分が先導して進んだそうです。

藤田さんが振り向くと、いつも山崎はニコニコと笑っていたそうです。

何を言ってもニコニコ、ニコニコと。

途中、野垂れ死んで居る兵隊を何人も見たそうです。

藤田さんは振り返り、山崎に向かって「立って死んでいる兵隊」の真似をするとニコニコ、ニコニコ。

まるでアンタは『笑い地蔵』だとイヤミを言ってやったそうです。しかし、その兵隊は耳に手をやり、ニコニコと笑っているだけだったそうです。

暫く歩いて行くと、樹に寄り掛って死んでいる兵隊が居たそうです。

その兵隊は「フンドシ一枚」だったそうです。

藤田さんは後ろから付いて来る「笑い地蔵サン(山崎)」に褌を指さし、


 「何でフンドシで一枚で死んでいるのだ?」


と身振り手振りで尋ねたそうです。

するとニコニコと笑いながら「追い剥ぎにやられた」と身振り手振りで教えてくれたそうです。

後から来る追い剥ぎの兵隊が階級章以外、靴から帽子、メガネまで、剥ぎ取って行のだそうです。

剥ぎ取った兵隊も野垂れ死ぬと、また剥ぎ取られ、そしてまた誰かがまた剥ぎ取って行く。

藤田さんは子供の頃、寺の坊さんが見せてくれた『鳥獣戯画』と謂う絵が頭の中をヨギったそうです。

そして思わず自分も笑いながら後ろを振り向くと、耳の聞こえ無い山崎も、藤田さんを見てニッコリと笑って居たそうです。

ハタから見たら「二人の気狂キチガい」が歩いて居る様にしか見えないでしょうね。


 藤田 勇 陸軍兵長

 (昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)

 山崎一八 陸軍二等兵

 (昭和十九年東部ニューギニアにて行方不明)

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