第93話 暴君を暴く
レインが投げかけた問いに、一同はそれぞれ顔を見合わせる。どうやら答えを知っている者は、この場にはいないようだった。
「科学の分野では、ラテン語が用語として使われることがよくある。そして『パイトニサム』という言葉も、もちろんラテン語。そして、その意味は……『魔女』だ」
その言葉の意味に、シャインは目を見開いて驚き口に手を当てた。凛花は首を傾げる。法条は前髪で隠れている左目だけを閉じて腕を組んだ。ジョーカーは微動だにせず黙っている。
「レインさん、病名が『魔女』ということに何か重大な意味があるの?」
由記子がチームしらゆきの三人を代表するがごとく、問いかけた。
「ああ、この街の裏社会では、『魔女』という言葉は、不老不死のある女性を意味する。そして、その彼女は異能を与えることができる存在でもある。この街が特別政策指定都市になってから、『魔女』を狙う者が増えているんだ」
レインが返した。さらに由記子は尋ねる。
「この女神ヶ丘市に、その『魔女』がいるの?」
「白峰さん、そのとおり。『魔女』がいるから、この街が特別政策指定都市に選ばれたのかもしれない……」
レインと由記子のやりとりを聴いていた法条が、意見を述べる。
「……『パイトニサム』のパンデミック騒動。それに乗じて行われたことは、その予防となるワクチン接種だ。そのmRNAワクチンには、ナノマシンも仕込まれていた。そして、異能者がこの街で増えた。ひょっとして、いや、つまりナノマシンは異能者を生み出すためのもの?」
「法条くん、その方が辻褄が合う気がするね。私も法条くんも『パイトニサム』のmRNAワクチンは接種している……。異能に目覚めたのもパンデミックの後だし……」
凛花が証言した。法条が同意するように、わずかに首を縦に振る。
「…………」
ジョーカーは黙っていた。シャインは、少しうつむいている。レインは、気にかけるようにシャインを見ていた。
大事な観点を、由記子があげる。
「だとしたら、市民全員を対象にした実験をしていたことになる……。その目的は何? いや、さらに言うと、誰かが意図的に、組織的に行っていたことになる。……どこかに黒幕がいる?」
法条が、由記子に顔を向けてうなずき、そして続ける。
「……しらゆき、ぼくらが求めている真実に、少し近づいたと思う」
バチっと放電する音が鳴った。皆が一瞬、驚く。ジョーカーが突如、鳴らしたのだった。
「由記子、そろそろタイラントのメダルについて確認したい」
ジョーカーが割って入るように告げた。確かにその目的でジョーカーは協力していたのだと、由記子は思い出す。
「そうね。気になることは、いろいろとある。でも、タイラント自身から抜き取った情報も確認しましょう」
そう言って、由記子はメダルを取り出す。りんごの絵柄が描かれている金色のメダルだ。シャインがタイラントを確保した際に、由記子が彼に触れさせたものだった。
金色は、中に情報が格納されているという目印でもある。空であれば、銀色だ。
そして、ノートPCの筐体にその金色のメダルを触れさせる。ディスプレイに、ポップアップウインドウが表示され、プログレスバーがファイルコピーの状況を示す。ほぼ一瞬で終わった。パスワードロックもされていない。
ノートPCのディスクトップに、テキストファイルが表示された。由記子はそれを開く。
「基本的な情報のみを抽出して、コピーしたものだけれど……」
由記子は開いたファイルが見やすくなるように、接続されている大型ディスプレイに表示されるように操作した。
・本名:立岩司
・性別:男性
・所属:慈悲の殺人
・コードネーム:タイラント
・目的:「灰の財団」からの殺人委託対応
・異能:コンクリートを自在に操る
・発現形式:βγ
表示された情報を、皆が確認する。ジョーカーが口を開いた。
「……やはり、『灰の財団』とは繋がりがあった」
「そのようね。でも、委託対応とあるからビジネス的な関係……」
由記子が返す。
「立体駐車場で戦った赤いメガネの女性、パトリオットさんも、この『慈悲の殺人』のメンバーかな?」
凛花は、チラッと法条を見てから言った。彼は考え事をしているようで黙っている。
「その可能性は、十分にあると思うよ。私がタイラントとそのパトリオットという女性と駆け引きをした際に、彼らは仲間というよりもビジネス関係者、同僚という印象だった」
由記子の言葉に、ジョーカーも同調する。
「『呪い』をかけられて身動きも声も出せなかったが、そのやりとりは聴いていた。由記子の意見に賛成だ」
「つまり、『灰の財団』とやらには『慈悲の殺人』という殺し屋たちがいるってことだな……。」
レインがつぶやく。
「『灰の財団』にたどり着くためには、やっつけないといけないですね」
シャインがジョーカーの仮面をしっかりと見つめて言った。黙り込んでいた法条がお茶を一口飲むと、皆に伝える
「ぼくと流灯は、パトリオットという女性の殺し屋と遭遇したけれど、封じ込めた。異能の使い方を奪うことはした。でも、彼女の記憶から情報をコピーすることをしなかった。…………あの時は、そこまで気が回らなかったです。すいません」
頭を下げる法条。彼に合わせるように、凛花も頭を下げる。
「私からはそこまで依頼していないよ。気にしなくていい。それより、あの時は本当に助かった」
由紀子が慰めるように告げた。さらに続ける。
「すっかり夜も遅くなってしまった。レインさん、シャインさん、この後は、お互い知り得た情報をメールやチャットで交換するのはどうだろうか?」
「かまいません。むしろ、歓迎します」
レインのその言葉に、由記子は微笑む。そして、互いに名刺を交換した。
「それじゃ、私たちは一足先に失礼するよ。行こうか」
由記子に続き、凛花と法条も立ち上がった。事務所の出口へと向かう。雨男が見送りを引き受けた。
「ちょっと二人でお話しませんか?」
まだ応接コーナーに残っていたジョーカーへ、晴れ女はいつになく真剣な目で告げた。




