第89話 ところにより爆砕
ゆうに四階建てくらいの大きさの巨人タイラント。コンクリート製の身体は、タイラントの異能によって修復されていく。レインが強力な打撃を与えた左足首も元に戻っていた。
「いくらやっても、ムダなんだよ。この大量のコンクリートと同化したぼくは、不死身だ!」
タイラントは、雨男と晴れ女の前で、響く声で告げた。そして、シャインに巨大な手で指差しながら続ける。
「あのコンクリート詰めからどうやって復活したのか知らないが、また閉じ込めるだけだ。ついでに、海へ投げ捨ててやるよ」
そんな言葉を浴びせられながらも、シャインは気にせず、軽くストレッチをしていた。
レインは、周囲から水を集めて、水の塊を生成する。タイラントがビルを崩壊させたことで、破損した水道管からは先ほどまで勢いよく水が噴き出していたのだ。
だが、市の水道管理システムが異常を検知したようだ。適切な対応が取られて上流で止められたのだろう、今は水圧が下がって、水の勢いは止まる寸前だった。
シャインは準備ができたのか、スキャンゴーグルをかけた。レインに向けて、合図として親指を立てた右拳を突き出す。雨男はうなずいて、水の塊を操る。
シャインの肩と二の腕のあたりに透明な水の塊がまとわりつく。両肩、両腕ともにだ。
「スチーム・バーストモード! いきます!」
そう言って、シャインは身体強化をし、タイラントに向かって走り出した。
タイラントが右足を上げた。疾走するシャインを踏み潰そうと、その足を降ろす。地響きが起きる。だが、シャインはひらりと身をかわしていた。
晴れ女は、地面に降ろされた巨人の右足首へと向きを変える。駆ける勢いを乗せた右ストレートを放った。コンクリートの足首には、その衝撃で放射上に亀裂が走る。
右の二の腕につけられていた水が、腕から拳へ伝うように流れる。コンクリートの亀裂に水が流れ込んだ。
「高熱源!!」
シャインが叫ぶ。右拳から高熱が発せられる。
途端に、爆発音が響いた。そして、音が発せられたところから白と灰色の煙のかたまりが混ざりながら広がっていく。
巨人タイラントはバランスを崩し、転ぶように前のめりに倒れ込んだ。タイラントの両手が地面につき、倒れ込むのを防いだ。重たい衝撃が地面を揺らす。
湧き上がっていた煙は強い風に流されて散っていった。
由記子はジョーカーと共に、遠目でその様子を見ていた。風が白と灰色が混ざった煙を掃き終えると、晴れ女が見えた。そして、由記子は驚く。
巨人の右脚は、膝から下がなくなっていたのだ。爆砕された様だった。
シャインの右拳ストレートでできた亀裂に、水が流れ込み、熱せられた。水は液体から気体に相転移すると、体積が1,700倍に膨れ上がる。亀裂に入った水が強烈な熱で気体になり、タイラントの右脚を爆砕したのだ。
水蒸気爆発。
自然界では、マグマ溜まりに地下水が注ぎ込まれることで、山の形が変わるほどの水蒸気爆発が起こることがある。小規模ながら、シャインとレインは、それを異能で実現したのだ。
右手、左手、左膝、三点でなんとか倒れ込むのをふせぎ、バランスを取っているタイラント。
「どうしたんだ。いきなり右足が……」
彼は何が起きたのか理解しきれていなかった。
シャインは、すぐ様、左膝の場所へと駆ける。
駆けた勢いを乗せて、シャインは左拳ストレートを放つ。膝頭から踵の方向に向けてだった。衝撃音と共に、強烈に入った亀裂。シャインの腕と拳を伝って、先ほどと同じようにその亀裂に水が注ぎ込まれる。
「高熱源!!」
シャインは、その水を高熱で瞬時に水蒸気に変える。強烈な爆発音が響く。タイラントの左脚の膝から下が爆砕した。
そして、続け様に、シャインはタイラントの左腿へ跳び上がるようにして、右拳をぶつける。巨人のコンクリート製の左腿がひび割れた。そこに水が流れ込む。落ちる前に、もう一撃、高熱の左拳をひび割れたところへぶつけて、水蒸気爆発を起こす。
タイラントの左脚はもう跡形もなく吹き飛んでいった。左腰のあたりも衝撃で崩れる。
巨人は、両方の下肢を失って、上半身だけは腕立て伏せをしているような姿になっていた。
シャインが、その背中に跳び乗って叫ぶ。
「レインさんッ!」
その声を聞いて、レインはシャインの背中へ操った水を追加でリュックのように付ける。
シャインは巨人の背中から、身体強化を使って跳び上がる。空中でくるりと前転をしながら、叫ぶ。
「高熱源!!」
晴れ女の背中から天使のような白い羽根が一気に開く。いや、それは水蒸気の噴射だった。
その推進力に押され、そして重力に引かれ、シャインは巨人の背中の中央に強烈な飛び蹴りを打ち込む。その衝撃で、シャインの身体がコンクリートの中へとめりこんだ。巨人のコンクリート製の背中から、その両手、頭にまで、一気に亀裂が縦横無尽に走る。
レインは、シャインが空けた亀裂に水の塊を落とした。
「高熱源、全開!!」
シャインの身体にまとわりついていた水、そしてレインが落とした水、その全てが縦横無尽に走る亀裂へ流れ、そして一気に熱せられた。急激な膨張。1,700倍もの体積増加。
これまで以上に強烈な爆砕音が鳴り響く。同時に、あたり一面はもくもく湧き出る雲のような灰色で覆われた。
強風がその煙をさらっていく。やがて視界が戻るとそこには、誰もいなかった。
巨人の姿は、跡形もなく消えていた。
すとん。
軽い音を立てて、晴れ女が着地した。脇には人を抱えている。
抱えられていたのは、タイラント本人だった。強烈な水蒸気爆発の衝撃で気を失い、勢いよく空中へと飛ばされていたのだ。シャインが身体強化で跳び、彼を捉えて、掴んだのだった。
シャインは、タイラントを地面に寝そべるように降ろす。オートインジェクターを取り出した。そして、タイラントの首元へと撃ち込んだ。
「確保完了だよッ!」
シャインは、由記子やジョーカーに向けて、ニッコリとVサインを決めた。




