第87話 R・R・R
「あはははっ! まずは一人、片付いた。コンクリートに生き埋めだよ。助かるわけがない!」
灰色の巨人タイラントが声を上げた。シャインが饅頭のように丸く大きなコンクリートの塊の中に沈められたのだ。灰色の塊から、晴れ女の左手だけが外に出ている。
レインは思考を巡らせる。早くシャインを救出する必要がある。夜空の下では、晴れ女は不死身ではないからだ。息もできないあの状態では長くもたない。なんとか隙をついて、あのコンクリートの塊を破壊しないといけない。
突然、外灯の照明がバチバチと音を立てながら放電を始めた。それは人の形を成し、外灯の上に降り立つ。既視感のある登場の仕方。ジョーカーだった。
「なんで……なんで、お前がまた出てくるんだ、ジョーカー!!」
タイラントは、外灯の上に立つ仮面の人物に向けて声を荒げた。パトリオットによって呪われて、動けなくなったはずなのだ。
すこし遠目でジョーカーを確認した由記子は、すこし安心する。そして、流灯凛花と法条計介のバディに感謝した。見事にジョーカーを解放してくれたからだ。
「………………」
ジョーカーは黙ったまま、挨拶とばかりにタイラントの顔面に向けて、強力に溜め込んだ電撃を放った。コンクリートがえぐるように破砕したが、すぐに修復されてしまう。タイラントには、全く効いていなかった。
「効かないのは、知っているだろう? うざいんだよ、君は」
タイラントは左手で、ジョーカーごと外灯を薙ぎ払う。外灯はコンクリートの質量をまともにうけて、金属音を立て大きく捻じ曲がった。地面に埋められていた支柱の一部も露わになる。
だが、ジョーカーには触れることができなかった。
ジョーカーは、タイラントの攻撃を気にもせずに、静かにレインのそばに降り立つ。
「……まさか、君と共闘することになるとはね。由記子を守ってくれたのだろう?」
変声器の声でジョーカーが告げた。レインはうなずいた後、返す。
「……俺が、あの巨人、タイラントを引き付けておく。……だから、日向咲輝のことを頼む」
レインは、シャインが沈められたコンクリートの塊を指差した。ジョーカーは、言葉を失ったように立ちすくむ。
「俺の相棒を、解放してくれ」
「…………雷は、時にコンクリートすら砕く。だが、あれはタイラントが操っている。今見たとおり、砕いても瞬時に修復されてしまう。それに、砕くような威力では……中の彼女は保障できない。無事なままに救うことは非常に困難だ」
それを聞いたレインは、ジョーカーの仮面に顔を近づける。何かを囁いた。ジョーカーは驚くように動きが止まった後、静かに仮面をゆっくりと縦に振った。
「……まだ希望はあるだろう? それに、『いちのひ』での絶望を、悲劇を、また繰り返すのか?」
「!? ………………。なぜ、それを知っている?」
「あいつの相棒だからな。そして、あいつから特別な依頼を受けているんでね」
レインは、ジョーカーの仮面を見つめて言った。仮面の奥の眼と合った。
「……では、頼んだ。なるべく早く頼む。俺の切り札は、相当にしんどいんでね」
レインは、巨人のタイラントに向かって、再び構える。
「一人欠けてしまったのに、まだこのぼくに歯向かう気なのかな? 水を操れるとしても、コンクリートには敵わないよ」
巨人のタイラントは、不敵にレインを見下ろしていた。
「…………紅い雨による強化」
レインは静かに深呼吸をした。目を閉じる。そして、水を操って、自らの全身を濡らした。スーツがびしょ濡れになる。スキャングラスについた水滴はワイパーをかけたように掃けていく。
雨男の全身表面を水が流れるように動き回った。レインは瞼を開く。その両目は充血していた。スキャンゴーグルの奥からまるで獣のような目が光る。そして、首や手の甲の静脈が青から赤へと変わり、波打つ様に浮き出る。
レインが、タイラントに向かって駆け出した。
その速度は、シャインの身体強化による超速移動に匹敵する。振り下ろしてきた右拳を難なくかわし、跳躍した。振り下ろされた右腕の上に着地して、レインは駆け上がる。
タイラントは、慌てて左手でレインを掴もうとするが、するりとすり抜けられた。レインの異常な身体強化に、タイラントは翻弄される。
雨男は、巨人タイラントの右肩に上がると、まとっていた水の一部で霧を発生させた。その濃霧で、タイラントは視界を失う。
「……くっ、見えない。どこへいった!?」
なんとか霧を晴らそうとタイラントは巨大な手を振る。風を起こして霧を払おうとしたのだ。だが、レインの操る濃霧は、タイラントの顔を覆ったままだった。
ジョーカーは、雨男と巨人の闘いをチラリと見た。そして、シャインが閉じ込められているコンクリートの塊へと向き直る。そばへと走る。
──日向咲輝の異能は、簡潔に言えば『太陽電池』だ。そのエネルギーを身体強化や熱に変えられる。だから……。
雨男に囁かれた言葉を、ジョーカーは思い出していた。
ジョーカーは、コンクリートの塊から伸びている左手に、自らの左手を重ねた。手を握った。




