第85話 スキャン結果
シャインは、ターゲットとなるタイラントに視線を向けて、注意を払う。
タイラントは驚いていた。圧倒的に有利な状況だったはずなのに、由記子が無傷なのだから。突然の乱入者を、当然警戒する。
コツン。コツン。
廃ビル内に音が響く。シャインは、入口の方からレインがやってくるのを確認した。タイラントも、乱入者のシャインに気を配りながらも、そちらを見る。
水をまとった閉じた傘が、雨男の後をついてきていた。響いていたのは、傘の先端である石突きがコンクリートの床を叩く音だった。
シャインは、傘大丈夫かなと余計な心配をする。バトルの場に傘を持ち込んで、無事だったことがないのでは。お気に入りなのはわかるけれど、車に置いてくればいいのに。
レインが警戒しつつ天井を見た。天井パネルが外れて配管が剥き出しになっている。雨男は、他にも周囲を確認しているようだった。
シャインは、横にいる由記子に話しかける。
「一旦、レインさんのところに合流します」
シャインは、再び由記子を抱き上げると、異能で超速移動を行った。レインの側に着き、彼女を降ろす。
レインが天井の配管を指差し、シャインに言った。
「激辛カレーパンがいいか? それとも、麻婆チーズトーストがいいか?」
「両方で!」
雨男の顔がひきつった。頼みごとのお礼に、パンを奢る提案だったのだが。
晴れ女はニッコリと微笑む。そして、すぐさま剥き出しの配管に向けて、身体強化で跳んだ。右拳で配管に強烈な一撃をお見舞いする。派手な音を立てて、配管が大きく歪んだ。
シャインが着地したと同時に、殴られ歪んだ配管から水が噴き出す。水道管だったのだ。噴水のように弧を描く水が床に着くと、濡れ広がらずに水の塊になっていく。流れ込む水を吸収し、水の塊は肥大していった。レインの異能によるものだ。
「ありがとう。助かる」
「いえいえ、ご馳走様です」
ちゃっかりしているシャインを見て、レインは軽くため息をついた。
タイラントは、突如乱入してきた二人組を観察していた。両名とも異能者だろうと推測する。女は身体強化系。男は操作系だろう。
右手の甲をかざした。スキャンアームズのカメラで映し、『スティグマ・システム』から情報を得ようとする。まずは、パイロットゴーグルをかけてパーカーを着た女の方からだ。
──レベル3、オレンジ。市民該当情報なし。
続いて、タイラントがスーツ姿の男の方にもスキャンアームズのカメラを向ける。
──『信号』なし。
タイラントは驚く。想定外だったからだ。男の方を一層警戒する。
「シャイン、相手はレベル4、レッドの異能者だ。気をつけろ」
レインのその言葉を受けて、シャインは左手でパイロットゴーグルを首に下ろしながら、右拳の親指を立てる。了解の合図だった。
「……君たちは、何者なんだ?」
タイラントが尋ねる。
「警察の代理だ。藤平紫乃の殺害容疑で、タイラント、お前を確保する」
レインの宣言に、タイラントは由記子を指差して返す。
「その件で公開指名手配されているのは、そこにいる彼女だよ。白峰由記子だ。間違えているね」
「悪いが、自由の森公園で起きた出来事は調査済みだ」
「そうだよ。由記子ちゃんは、紫乃ちゃんを守ろうとしてた」
雨男と晴れ女は、暴君に対して続け様に言葉を並べた。タイラントはため息をつく。そして、殺意のこもった目を二人に向けた。
「ここは、ぼくにとって圧倒的に有利な場所だ。三人がかりでも、勝てるわけないだろう」
タイラントが、自分の足元、床のコンクリートを操る。粘土のような柔らかさになったコンクリートは、次々と断片になって浮かび上がった。さらに、丸まって球になる。雪合戦の雪玉が無数に浮いているようだった。だが、硬さは雪玉とは段違い。砲丸だ。
レインとシャインは、由記子より前に出て、タイラントに対して構える。
「白峰さんは、俺の後に」
レインは、由記子の前に腕を出し、これ以上前に出ないことを仕草でも伝える。
タイラントが操るコンクリートの砲丸がいくつも飛んできた。
シャインは、驚異的な反射神経でそれらを捉えて拳で殴る。はたき落とす。時に砕く。
レインは、人の背丈を越える大きな水の塊を操る。水の塊を壁のようにして、飛んできたコンクリートの砲丸を捕食するように包みこんだ。レインが操る水に包まれれば、異能は解かれる。砲丸は水の壁の中を沈んでいった。
「ふーん、やるね」
タイラントがつぶやく。砲丸の弾幕が途切れた。
シャインが隙を逃さずに、駆ける。超速移動の加速をのせて、タイラントへ右拳ストレートを繰り出す。タイラントの身体から自動的にコンクリートのプレートが生み出された。
シャインの拳がぶつかり、コンクリートプレートがひび割れて砕ける。
いつの間にか、タイラントはその場からいなくなっていた。シャインは周囲を見渡す。レインも由記子に気を配りながら警戒する。
「こっちだよ」
少し離れたところに、床から浮かび上がるようにして、タイラントが現れた。コンクリート床の中を溶けるように移動したのだ。
「異能者三人相手か、面倒だね。でもさ、格の違いってのを見せてやることにするよ。君たちに、勝ち目はないんだ」
そう言うと、タイラントは不気味に微笑む。それと同時に廃ビル全体がゴゴゴッと震えるような音を響かせ始めた。




