第83話 決戦開始
凛花は、目の前に落ちてきたメダルを拾う。メダルが送られてきた意味。それは、白峰由記子がタイラントと再び対面したということだ。
「……ジョーカーさん、由記子さんの居場所を教えるから、急いで駆けつけてほしいの。あなたの携帯端末を見せて。そして、法条くんお願い」
凛花の申し出を聞き、ジョーカーは携帯端末を取り出した。そのディスプレイには、いきなり地図が表示される。さらに、ある場所までのルートも提示された。ただし、道路や公共交通機関を使うルート案内ではなかった。
「……このナビゲーションは?」
「ふふっ。すごいでしょう? 私の相棒の異能よ。表示されたルートは、ジョーカーさんにとっての最短ルートだって」
凛花は、メガネ型端末に表示されたメッセージを見ながら、伝える。そのメッセージは、当然、法条からのものだった。
ジョーカーの携帯端末で示された、由記子のいる所までの案内ルート。それは、電線の配線図を地図に重ねた特殊な案内ルートだった。つまり、電気の中を移動できるジョーカーなら、それが最短ルートになるからだ。
「……君たちは、すごいな。呪いとやらを解いて、さらに、最短ルートの案内もとは」
「どういたしまして。急いで由記子さんのところへ。さっき私の手元に届いたメダルは、由記子さんがタイラントと再び遭遇したという合図なの」
「……わかった。先に行く」
そう言うと、ジョーカーは近くの電灯に右手を伸ばす。バチバチと放電が起き、身体が電灯の中へと吸い込まれていった。
凛花は、パトリオットに触れて寝かせたまま、ジョーカーを見送ったのだった。
「法条くん、私たちはどうしようか?」
独り言のように尋ねる。メガネ型端末にメッセージが表示された。
──大丈夫だと思うけれど、しらゆきの元に向かおう。
凛花はうなずき、待機させていた自動運転タクシーに乗り込む。タクシーのナビゲーションは、すぐさま由記子のいる位置を目的地に設定する。法条のエスコートは、いつも迅速だ。タクシーに取り憑いて、設定してくれたのだ。
凛花たちの自動運転タクシーが、立体駐車場を後にした。
*
それから五分ばかりが過ぎる。
立体駐車場で、パトリオットは目を覚ました。頬に冷たさを感じる。コンクリートの床だった。そして、まぶたが重い。意識も朦朧としていた。なぜ、こんなところで寝ていたのか、思考が定まらない。
徐々に鮮明になっていく記憶。そして、制服姿の少女のことを思い出す。
「…………眠らされていたの?」
パトリオットは、つぶやいた。身体にまとわりつく怠さを感じながらも、起き上がる。『眠らせ姫』の都市伝説を思い出していた。
「……凛花ちゃんが、『眠らせ姫』?」
パトリオットは、停めていた自家用車のそばに行く。その車に向かって、異能を使おうとした。車のタイヤに紅い鎖でロックをさせようとする。
だが、異能は使えなくなっていた。異能者だと自覚はあるのに、どうやって紅い鎖を発生させるのか、わからない。頭の中からすっぽりと何かが抜けてしまったような感覚だった。
やがて、パトリオットの顔は、しだいに紅潮し恍惚な表情に変わっていった。追い求めていた者に、奪われた。いや、違う。捧げたのだ。
「……ああ、いいわ。とても、素敵です。……流灯凛花様」
ちゃん付けから、様付けに変わっていた。パトリオットは、なにかの余韻に浸るように目を閉じた。
*
凛花とパトリオットの戦いよりも、ほんの少しだけ前のことだ。
白峰由記子は、大通りの路肩に電気自動車を停め、降りた。そして、タイラントが持ち歩いているメダルの位置を感じとる。その感覚を頼りに、少し歩いた。
ここだ。由記子は、タイラントが待っている建物の前に立った。見上げる。
ひと言でいえば、五階建の廃ビル。周囲の外灯が照らしているその建物は、すでに利用されなくなって久しいことがわかるほど、荒れていた。周辺は雑草が伸び放題だった。窓ガラスは割れているところがいくつもある。そして、建物自体はコンクリート製だった。
割れた窓ガラスの奥から灯りが漏れている。一階の奥からだ。どうやら電気は通っているらしい。
由記子は、この廃ビルへ入ることを戸惑う。廃ビルの一階奥に、タイラントが持ち去ったメダルがあることはわかっているのだ。だが、状況から明らかに罠だ。
深呼吸し、握った右手の中でメダルを生成させる。凛花に頼まれていたことだ。タイラントに遭遇したら、合図としてメダルを送るつもりなのだった。
由記子は、周囲を警戒しながら、静かに進む。コンクリート製の廃ビルの中へと入るのは、まるで怪獣に食べられるような気分だった。
コンクリートでできている壁や柱に異変はない。由記子は緊張した面持ちのまま、位置を感じ取っているメダルの方へと向かう。呼吸が浅く感じる。見えていた灯りが、徐々に強くなってきた。
タイラントがいた。コンクリートを操って、玉座を造ったのだろう。そこに座っていた。足を組んでいる。
「……こんばんは、白峰由記子さん。今日はよく会うね。ほんとに一人で来たんだ。勇気あるね。まぁ、ジョーカーは動けなくなってしまったからね」
涼しい顔をしているタイラントに向けて、由記子はきつい視線を送った。同時に、右手で握っているメダルに異能を施して、凛花へと送る。
「約束どおりよ。メダルを返してもらいにきた」
「それは言われなくても、わかっているさ。これだろ? パスワードを教えてよ」
タイラントは右手でメダルをつまんで見せつける。藤平紫乃が遺したメダルだ。
由記子は、呼吸を整える。
「ここで決着を着けましょう。メダルは返してもらう。そして、あなたを藤平紫乃さんの殺害容疑で逮捕する。濡れ衣を晴らす」
「決着を着けるというのは大賛成だよ。それ以外は、無理だね。ぼくにパスワードを教えて死ぬか、教えないで死ぬか。どちらか選びなよ。あっ、そうだ。拷問でパスワードを吐かされてから、死ぬってのも良いね。どうする? ああ、回れ右して帰ってもいいよ。その場合は、もちろんメダルは海の底へ捨てるから」
タイラントは、圧倒的に有利な立場を楽しむように言った。




