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雨のち晴れの事件簿 ~ 性格も好みも真逆の男女バディですが、異能犯罪者は沈めます ~  作者: 凪野 晴
第5章

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第80話 命を賭した駆け引き

 相棒のジョーカーが、急に身動きが取れなくなっている。声も出せない様だ。


「……一体、何をしたの?」


 由記子は、タイラントへきつい視線を向けながら尋ねる。


「『呪い』をかけたんだよ。その実体があるようでないような電気の身体で、しつこく追ってくるのがうざくてさ。身動きができない『呪い』だよ。君にも『呪い』をかけてやろうか?」


 そう言って、由記子の方へ左手のスキャンアームズのカメラを向ける。


「……何言ってんの? 一人分しか料金はもらっていないわ」


 オンラインのコールで繋がっているパトリオットの声が、スキャンアームズから響いた。


「?! 誰かに、助っ人を?」


 由記子は、驚き、そして問うた。


「まぁね、ぼくの異能ではない。もう動けないジョーカーを、あとはコンクリートの石棺に納めて決着さ。ぼくにとって、白峰さんは脅威ではないからね」


 タイラントはそう言うと、由記子の目の前で、ジョーカーに向けて右手のひらを広げた。ジョーカーの周囲にある床や天井からコンクリートが液状の様になって、包み込もうと波打つ。


 再びスキャンアームズのスピーカーから、女性の声が響く。


「タイラント、石棺にするのはやめてくれないかな? あんたは興味ないかもしれないけれど、私はその道化師の顔が見たくなったの。仮面を剥がしたいのよ。そのままにしておいてくれる?」


 タイラントは、スキャンアームズのディスプレイを見た。紅いメッシュの入った髪に目立つ紅いメガネをかけた若い女性、パトリオットが映っている。その彼女が言葉を続ける。


「……言うことを聞かないなら、今すぐ『呪い』を解除するわ」


 由記子にも、タイラントと通話相手の会話が聞こえている。タイラントの助っ人は、どうやら全面的に彼に協力しているわけでない様子だ。彼は考え込んでいる。


「ああ、もうわかったよ。ジョーカーはこのまま放置しておく。好きにするがいいさ」


 タイラントが折れた様だ。由記子は、ジョーカーがコンクリートの石棺に納められないことに、ひとまず安堵する。コンクリートで固められたら、どうしようもない。とはいえ、なんとか、『呪い』というものを解けないか。


 由記子とタイラントの目が合った。


「白峰さん、ジョーカーはご覧のとおり、もうここから動けない。さっきの強力な砲撃も使えない。もう君に勝ち目はない。周囲がコンクリートだらけのこの場所で、君を殺すのは簡単だ」


 由記子は、この絶対的な危機を乗り越えるために、急速に思考を巡らせていた。タイラントが、由記子に金色のメダルを見せながら言う。


「……どうだろう? このメダルのパスワードを教えてくれないかな?」


「…………」


「もちろん、わかっていると思うけれど、教えて、メダルの中の情報を確認したら、殺しちゃうかもね」


 タイラントは、ニヤニヤとしながらそう言うと、異能を使った。床から伸びた二本の手のようなコンクリートが由記子の両足を掴んだ。藤平紫乃が同じように掴まれた時のことを思い出し、身震いする。


「状況はわかっているよね? もう詰んでいるってこと」


 由記子は、呼吸が浅くなり、口の中が乾いていると自覚する。だが、思考を止めない。目まぐるしく思考を進め、わずかな可能性に賭ける。口を開いた。


「…………ここで、君の異能で私が殺されれば、死体がここに転がり、血の匂いがあたりに充満するでしょう。私の死体は手足がもげてるのかしら? 身体に大穴が空いているのかしら? 呪われて動けない道化師のそばに、惨殺された死体がある。そんな光景になるのでしょうね」


「ああ、そうなるかもしれないけれど、安心してほしいな。藤平さんの時と違って、コンクリート詰めにして海に捨ててあげるよ。ここには何も残らない」


 由記子にとって、タイラントの応答は予想の範囲内だった。


「……そう。後からここに訪れた人は、身動きできない道化師を見つけるだけなのね。ここに他殺体があったなんて知る由もない……。仮面を剥がしにくる、あなたはどう感じるのかしら? ここに私の死体があったと、気分悪くならないかしら?」


 タイラントが通話している人物へ、由記子は聞こえるように大きな声で問いかける。


「白峰さん、余計なことを話さないでくれるかな。パトリ、彼女の言葉に耳を貸す必要はない」


「……タイラント、その愛称はやめてって言ったわよね。いい加減にして。それからさ、そこで殺しはやめてくれる? でないと、『呪い』を解除するわよ。私の流儀を知ってるでしょ?」


 通話相手が応じた。女性の声が立体駐車場に響く。


 先ほどのやりとりから、由記子は推理していた。ジョーカーを『呪い』で拘束しているがゆえに、通話先の女性の方がタイラントよりも有利な立場にいると思われるのだ。だから、由記子は、一か八かその彼女を利用することを選んだ。


 『呪い』の異能者は、おそらく対象を視認できれば、呪うことができるのだろう。だから、この場にいない。タイラントが小手型端末で手の甲にあるカメラをジョーカーに見せていたことを思い出す。カメラ越しに確認して異能を発動したはずだ。


 タインラントの通話相手は、最悪、彼と同じ殺し屋かもしれない。だが、遠方から『呪い』をかける異能で仕事をしているのならば、死体が転がっているような場所へ、普段はわざわざ来ないだろうと推測する。


 動けなくする『呪い』の異能。単純だけれど、もし殺しに使うなら非常に有用だろう。動けなくなったら途端、危険になる場所は、街中にいろいろある。踏切、横断歩道などだ。車の運転中に動けなくなったら、事故も起こせる。本人は離れておくことが可能なのだから、アリバイ工作も容易だ。だからこそ、殺人現場に近づかないはずだ。仮に殺し屋だったとしても、遺体のそばには寄らない狙撃手のようなタイプだろう。


 でも、今、有利な立場の彼女は、ジョーカーの仮面を剥ぎたいという好奇心を捨てられないはずだ。そのことに、由記子は賭けたのだ。


「……わかったよ。パトリオット、君には負けるよ。この場はこのままにしておく」


「わかれば良いのよ」


 タイラントが通話相手に対して、軽くため息をついた様だ。


 両足の不自由さを感じつつも、由記子はタイラントから視線を外さない。今、命を拾ったばかりだ。油断はできない。


「ちょっと面倒だけれど、仕切り直しといこうか、白峰さん。ここを離れて、メダルのことを交渉しようよ。場所を変えるってことさ。ここから近いところだけれど、ぼくにとって有利な場所で待っているよ。一時間以内に来ない場合は、メダルは海の底に沈める」


 そう言いながらも、タイラントは、由紀子の両足を掴んでいる灰色の手はまだ解こうとはしていなかった。彼は言葉を続ける。


「ジョーカーはこのザマだ。一人で来るしかないよ。他に仲間がいたとしても連れてくるのは、ダメだからね」


 タイラントは、停めていた自動運転タクシーに乗り込むと去っていった。由記子の足元を掴んでいた灰色の手は、コンクリート床に溶け込んで消えた。


 由記子は、ジョーカーを見る。声も出せず、身動きもできなくされた相棒。不安を悟られない様に、すこしでも落ち着いた声をだす。


「…………大丈夫。……なんとかするから」


 そう言って、『眠らせ姫』から渡されていた携帯端末で、祈るようにコールをかけた。

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