第77話 計画的な再会
女神ヶ丘市楽星区。歓楽街として賑わう区域だ。そこには、私鉄終点の大神駅がある。
しらゆきこと、白峰由記子は、電車から大神駅のホームに降り立った。伊達メガネや帽子で簡単に顔がわからないようにしている。
由記子と同じ様に、乗客は全員降りて一斉に改札へと向かっていく。その流れに乗りながら、少し前方を歩く男から視線を外さない。タイラントだ。
タイラントは、藤平紫乃が遺したメダルを持ったままだった。由記子は、自らの異能で生成したメダルだから、位置がわかるのだ。なので、多少目を離しても追いかけることは可能。
由記子が目で追っているのは、仕掛けるタイミングを狙っているからだった。利き腕の右手には、雪の結晶が描かれた銀色のメダルを握っている。このメダルを使って、タイラントから異能の使い方の記憶を奪う狙いだ。異能を無効化できれば、圧倒的に有利になれる。
タイラントが改札を出た。由記子も追う様に出る。
駅ビルの中を歩くタイラントに静かに接近し、彼の首筋に向けて、右手を伸ばす。メダルを当てようとした。
だが、灰色のカードのようなコンクリートの板が、タイラントの身体から浮かびあがり、メダルの接触を阻まれた。
ふり返ったタイラントが言った。
「あれ? ……白峰さん? ちょっと変装しているけれど、そうでしょう? こんなところに居て、大丈夫かい? 君は殺人犯で、指名手配でしょう?」
平気な顔をして嘘ぶく殺人鬼に対して、由記子は怒りがわいてくる。だが、平静を装い応えた。
「真犯人を捕まえて、無実の証明をしたくてね。協力してくれないだろうか?」
「何言ってるの。協力するわけないだろ。しかしまぁ、こんな人混みの中に出てくるとは」
「『スティグマ・システム』とやらでわかる、私の位置情報は狂わせてある。それに、今このタイミングで接触するために、警察へ匿名の偽情報を連絡済みさ」
タイラントは感心したような顔になり、問う。
「運命的な再会ではなくて、計画的な再会ってことか。ぼくの位置情報をどうやって特定したのかな? たとえ『スティグマ・システム』にアクセスできたとしても、ぼくの位置情報はわからないようになっているはずなんだけれど……」
由記子は口を閉ざして、タイラントに向けた視線を外さない。
「まぁ、どうでもいいか。白峰さんは冴えているね。人混みに紛れて接触してきた。つまり、ぼくの方は異能をフルに使えないと、そう考えているわけだろ?」
確かにそうだった。異能の戦闘能力で劣る由記子が選んだのは、タイラントが異能を使いづらい状況での接触だ。
不意打ちが阻まれたので、一旦退却するのが次の手になる。多くの人が行き交うこの場では、コンクリートを使って足止めなどできるはずがないからだった。
だが、由記子は逃げる前に告げる。
「私は、ジョーカーさんと手を組んだ。今もそばにいる。潜んでいる。私はこれから、この場を離れるけれど……あなたはまた狙われる。指名手配と同じくらい大変そうね」
ジョーカーは由記子のメダルを所持している。だから、由記子は近くにいるとわかるのだった。
タイラントは少し考え込んだ。そして、応えた。
「そんな迷惑行為やめてくれるかな。と言っても、君も知っているとおり、コンクリートに潜れば、追うのは困難で終わりだよ。あのジョーカーは、何度同じことを繰り返すやら」
由記子は、平気で人を殺しているのに迷惑行為だとどの口がそれを言うのかと、心の中でつぶやく。
「ところで、白峰さん。君の関心は、ぼくに自首させることではなくて、ひょっとしてこれでは?」
タイラントは、りんごの絵が描かれた金色のメダルを取り出した。藤平紫乃が遺したメダルだ。それを右手で持って、由記子に見せる。
「…………」
「うーん。ちょっとは何か言ってほしいな。あ、もしかして、ぼくの位置がわかるのは、このメダルのせいかな?」
由記子は、沈黙を守る。
「勝手な推理をしてみるか。君はこのメダルを取り戻したい。何か重要な情報でも格納されているのかな? 君の異能は、このメダルだ。戦闘向きではない異能なら、特殊系。怪しいメダルだね。……藤平紫乃が持っていたことから、彼女が何かをこれに遺したのかもしれない。だとしたら、興味深い」
タイラントは、一息ついた後、メダルを見せるのをやめた。言葉を続ける。
「このメダルのせいで、ぼくの位置がわかるなら、捨ててしまうのがプライバシーを守れて良いよね」
「……そうしたら、どう?」
「でも、捨てたら、白峰さんに拾われてしまう。場所がわかるのだろう? 手に入れてしまう。それは癪にさわる。きっと、藤平紫乃が遺した何かを得るってことになる。君は目的を遂げる」
そう言いながら、タイラントは歩き出した。由記子も、さも友人や同僚のように横に並んで会話を続ける。警戒は怠らないが。
「この場では、君を殺すなんてしない。簡単にできるけれど、指名手配犯が駅中で殺されたとあってはね。ぼくも怒られてしまう」
「『灰の財団』から叱られるのかな?』
由記子は探る。
「ジョーカーに頼まれているのかい? 『灰の財団』なんて聞いたこともないね。でも、言葉には、気をつけた方がいい。基本的に、ぼくは人を殺したらコンクリート詰めにして海に捨てるのだから」
殺人鬼の隣を歩いている。由記子は、それを実感した。根本的な何かが違うのだと、背筋が寒くなる。
「あっ、おかげで良いことを思いついたよ。白峰さんのメダル、コンクリートに詰めて海に捨てるのが良さそうだ」
由記子は、隣のタイラントを睨む。
「あははっ。悔しそうだね。よし、そうしよう。相談に乗ってくれて、ありがとう。バイバイ」
そう言うと、タイラントは駅ビルの中で関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開けた。
ここからはバックヤードだ。むき出しになったコンクリート壁に、何本もの配管が並んでいる。
人気のないところだと、由記子は入るのをためらう。
タイラントは、そのまま壁に向かって歩いて、溶け込むように消えた。




