第74話 続・情報整理
流灯凛花は、鉄海区のシャッター商店街を去った後、電車に乗り、女神区の女神ヶ丘駅で降りた。
左手首に付けている腕時計端末の画面が点滅した。それを見て、凛花はうなずく。法条が異能を解除するという合図だった。
駅のロータリーにある女神像の横をすり抜けて、カフェ『フェイブル・テイル』へと向かう。くるみベーカリーの数軒先にある隠れ家的カフェ。
カランコロン。慣れ親しんだ音が、今日も鳴った。
凛花はいつも座っているテーブルが空いているのを確認した後、店内の奥の方へと向かう。そこはソファタイプの一人席がいくつかあった。角側にある一人席に私服姿の法条がいる。声をかけた。
「法条くん」
凛花の姿に気づいた法条は、軽く手を挙げた。彼はカバンとコーヒーカップを持って席を立つ。伝票も忘れない。
二人は、このカフェでいつものテーブル席へと移った。向かい合わせに座った二人。凛花が先に口を開く。
「さっきは助けてくれて、ありがとう」
凛花はにっこりと微笑んだ。シャッター商店街での出来事のお礼だった。法条が操るドローンで支援してもらっていたからだ。
「いや、お礼はいいよ。いつものことだから」
法条は、寝起きのためかいつもより少し低い声で返した。彼はさっきまでこのカフェの一人席で寝ていたのだ。寝ないと、法条の異能は使えない。
やってきた店員に、凛花はミルクティーの注文を告げる。
「まずは、これを確認しましょう。しらゆきさんを追っていた二人組の一人、女性の方から得た情報」
そう言うと、凛花はりんご柄の金色メダルを取り出した。網にかかって寝かしつけられた彼女の頭につけて、情報をコピーしていたのだった。しらゆきを追っていることに関して、情報を得るためだった。
法条がカバンからノートPCを取り出した。凛花からメダルを受け取ると筐体の端にメダルをあてる。ノートPCの画面にはデータロードを示すプログレスバーが表示される。バーが100%の値を示した。
画面に出たテキストファイルを開く。シャインから抜き出すことができた情報が表示された。
・本名:日向咲輝
・性別:女性
・所属:特殊人材派遣会社「ウィル」
・コードネーム:シャイン
・目的:警察からの依頼により、白峰由記子の確保
・異能:身体強化、高熱発現、特定条件下で不死
・発現形式:αβ
「やっぱり、警察から依頼された異能者のようだ」
法条が表示された情報を見て言った。
「……特定条件下で、不死ってすごいね」
凛花が法条に同意を求める。法条は、長く伸びた前髪で隠れている左眼だけを閉じて、考えこんだ。そして、返す。
「さっきのバトルで、その条件が満たされていたかは、わかりようがないね。特定条件下の条件を知りたいところだ。えっと、『ウィル』という会社について、調べてみるよ」
法条はノートPCのブラウザで検索してみたが、該当しそうな会社は見当たらなかった。今や起業すれば会社の公開サイトは用意する時代なのに、それらしい会社は見つからなかったのだ。
「日向咲輝って女の人と一緒にいたスーツの男の人、法条くんのことを知っている風だったよね」
「あの男には会った覚えはないんだけれど……。いや、待てよ。ぼくら二人が揃っていたところを見られていたかも」
法条は考えこんだ。凛花が尋ねる。
「それって、どういうこと?」
「……流灯に対して『法条という彼か?』って聞いてただろ。つまり、ぼくらのつながりを知っているか、ぼくらが揃っているところを目撃したことがあるってことだ」
「『三人目の異能者がいる可能性がある』って、あの時、スーツの男性は言ってたわ」
「あの場で、しらゆきも流灯も異能者であることを、あちらさんはわかってた可能性が高いな……。だから、『三人目』と言ったのか……」
「異能者だって、そんな簡単に見抜けるもの?」
「……おそらく、『スティグマ・システム』だろうな。あのスーツの男がかけていたメガネは端末だった。だから、憑依して邪魔することができたけど……。あのメガネ端末のレンズ越しに流灯を捉えて、『スティグマ・システム』から情報を得たのか?」
法条は左眼を閉じて、再び考え込む。すこしの間、静寂が訪れた。凛花はミルクティーを一口飲んだ。
「ああ、なるほど」
法条がつぶやいた。凛花が尋ねる。
「どしたの?」
「しらゆきもタイラントとかいうコンクリート使いの異能者に会った時に、異能者だと判別されたと話していた。タイラントは小手型の端末を身につけていたとも言ってた。『スティグマ・システム』につながった端末なら、カメラで人物を映すと異能者かどうか判定できるんだろう。原理はハッキリとわからないけれど、その可能性がある」
「じゃ、さっきの二人組は、私たちを探せるかもしれないんだ」
「そうなるな。さっきの遭遇で、ぼくらがしらゆきと接触する可能性を考慮はされているだろうな。でも、しらゆきの位置情報は撹乱し続けているから、おそらく大丈夫」
「でも、私たちがここで会っていることは、筒抜けかもしれないよ」
凛花は不安な顔を見せた。法条は落ち着いた声で返す。
「念の為、ぼくらの位置情報も撹乱させておくか。『スティグマ・システム』をハッキングする。異能を使いたい。頼んでいいかい?」
そう言って、法条はテーブルの上で左腕を伸ばした。凛花は心得たと、彼の左手を両手で包み込む。法条の手はひんやりとしていた。
「法条くん、おやすみなさい。消灯ですよ」
凛花は異能を使った。法条の首がこくりと傾いた。
彼のノートPCがひとりでに動き出す。画面上のマウスが動き、文字の入力が素早く行われて、『スティグマ・システム』にログインしていく。
法条の異能は、自らの魂を電子機器に憑依して自由自在に操れるもの。
『スティグマ・システム』内で、凛花と法条の位置情報を撹乱するプログラムファイルを仕込む。前回、しらゆきのために行ったのと同じ方法だった。プログラムファイルを実行した瞬間だった。
──これ以上は、やめときなさい。管理者に見つかるよ。
ノートPCの画面に、メッセージが表示された。配置したプログラムファイルも削除される。
法条は、ハッと目を覚ました。額に汗が滲んでいる。そして呟いた。
「…………誰だ?」
凛花は、急に起きた法条に驚き、尋ねる。
「どうしたの?」
「……ハッキングが邪魔された。……先回りされてた? 仕込まれていた?」
法条は、ノートPCの画面奥を睨むように見つめていた。




