第66話 イエロー&オレンジ
陽が沈み、夜の闇がしだいに広がりはじめた。
レインとシャインは、自由の森公園の駐車場に戻ってくる。雨男は、車の運転席で携帯端末でメッセージを打ち込み、送信した。晴れ女は、助手席で大きなあくびをする。
「よし、行くか。さっきも言ったとおり、くるみベーカリーに寄ってから、事務所に戻るぞ」
レインのその言葉に、シャインは口を尖らせる。
「くるみお姉ちゃんのパンがあっても……残業いやなんですけど」
さらに、晴れ女はたたみかける。
「だいたい、由記子ちゃんはどうやって探すんです? 『スティグマ・システム』で追跡できないって話が本当なら、ほぼ無理じゃないですか」
レインは、車を運転しながら、その意見に軽快に応える。
「だから、くるみベーカリーで専門家に相談するんだよ。さっき言ったろ、ちょうど良いって」
「……?? ますます、わかりません。パンの焼き方で、人が探せるんですか?」
シャインの口がまた尖った。レインは、糸のような細い目のまま、口角が上がる。
「それより、シャイン。くるみベーカリーのオンラインショップでパンを買っておこう。この時間なら、お得に買えるはずだ。あの店はフードロスにもきちんと取り組んでいるからな。注文しておいてくれ」
そう言われたシャインは、しぶしぶ手元の携帯端末を操作する。くるみベーカリーのオンラインショップにアクセスした瞬間、目の色が変わった。
「!! レインさん、パンの詰め合わせがあって、総額40%オフとなってます」
「だろ? 閉店時間が近くなると、フードロス軽減のために残っているパンを詰め合わせにして、安く売ってくれるのさ。ちなみに、そのお知らせをメッセージで受け取れるサービスもある」
「そうなんですね。これはお買い得! 適当に注文しておきますね」
シャインは、携帯端末を操作する。彼女の尖っていた口元は、いつの間にかニコニコになっていた。
*
車を月極の駐車場に停めた後、二人は『くるみベーカリー』に徒歩で向かう。
目的地のパン屋にもう少しで着こうとするところで、制服姿の男女とすれ違った。
その二人は手を繋いでいるわけではなく、程よい距離感。どうやら高校の部活帰りといった雰囲気だ。男子高校生は、大人しい印象で左目が隠れるほどの黒髪だった。女子高生は、切れ長の目の美人顔。前髪を切りそろえていて、後ろ髪はウェーブがかかっていた。
レインの視線が、スキャングラス越しに、二人の高校生を捉える。数秒後、スキャングラスにメッセージが表示された。『スティグマ・システム』によるスキャン結果だ。
──レベル2 イエロー 法条計介
──レベル3 オレンジ 流灯凛花
雨男の糸のように細い目が大きく開いた。異能者が揃って歩いているのが気にかかったのだ。足を止め、ふり返ろうとした時だ。
「レインさん、どうかしましたか? パン売り切れちゃうので、早く行きましょうよ」
シャインが、足を止めたレインに声をかける。晴れ女は、首にスキャンゴーグルを下げていたので、気づいていなかった。
「……いや、何でもない。すでにオンライン注文しているなら、買い損なうことないだろ」
「いえ、詰め合わせ意外にも期待してるんですよ。激辛カレーパンとか!」
にこやかに言うシャインに対して、レインの顔がひきつった。もっと買う気なのかと。
カランコロン。来店を告げるベルが鳴る。
シャインが『くるみベーカリー』のドアを開けたのだ。続いて、レインも店内に入る。他に客は会計をしている一人だけだった。仕事帰りの女性のようだ。ちょうど済ませたところで、店を出ていく。
「お、二人揃っては珍しいね。いらっしゃい」
レジにいた朝月巧が、レインとシャインに声をかけた。彼は、短く刈り上げた髪に、中肉中背で引き締まった身体付きだ。カジュアルな服にいつもの深緑色のエプロンをしている。
「巧さん、頼んでいたパン受け取りにきました!」
シャインが元気いっぱいに言った。巧は爽やかにうなずくと、レジカウンターに注文されていたパンの詰め合わせを並べた。五個か六個パンが詰められた袋が、三つ。
それを見てレインが一歩後ずさる。
「ちょっと待て、シャイン。そんなに買ったのか?」
レインは慌てて言った。
「はい。でも、私が二袋。レインさんは一袋です」
雨男は、車の中でのオンライン注文時に確認すれば良かったと後悔する。残業中の軽食がてらなら、二人で一袋でも十分だろうに。
「そんなに買い込むとは思ってなかった」
「えー、そんなわけないじゃないですか。大好きな『くるみベーカリー』のパンが捨てられるのは心苦しいですよ。買わないと!」
それを聞いて、朝月巧は声をあげて笑った。レインは、推し活かよと心の中でつっこむ。
「ありがとう、咲輝ちゃん。というわけで、お買い上げどうもだ、雨宮」
「シャイン、お前が買い占めなくても、大丈夫なんだよ。計算高い朝月が在庫残すと思うか? きっと毎日売り切っているぞ」
レインはそう言って、朝月の顔を見た。彼はとぼけた顔と仕草で応える。
「ま、でも今日は、咲輝ちゃんのおかげで完売さ」
朝月は述べた後、店の入口へと向かう。
カランコロン。ドアのベルが鳴った。
彼はドアに下げられている看板をひっくり返した。OPENからCLOSED。つまり、閉店となったのだ。
「で、雨宮。さっきメッセージくれた頼みごとって何だい?」
「人探しの方法を相談したい。『ウィル』の仕事だ、ホワイトムーン」
レインの言葉を聞き取って、シャインが尋ねる。
「えっ? あれ? ホワイトムーンさんて、スキャングラスとゴーグルをパワーアップしてくれた人ですよね」
シャインは、思い出す。ノーブル・ギャンブルのシミターとアメジストを追跡するために、一晩で仕事をしてくれた、会ったことない同僚の名だったはずだ。
「そうだよ。朝月がホワイトムーンだ。普段は愛妻家のパン屋だが」
「レイン、シャインには話してなかったのか?」
朝月の口調が少し変わった。呼び方もコードネームになる。
「ああ、たぶん言ってなかったな」
「私、聞いてませんよ!」




