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雨のち晴れの事件簿 ~ 性格も好みも真逆の男女バディですが、異能犯罪者は沈めます ~  作者: 凪野 晴
第5章

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第62話 配られた手札

 自由の森公園の噴水広場。静寂が、夜の闇を深くしていく。


 藤平紫乃の遺体がそこにあった。タイラントが操ったコンクリートで身体を貫かれた遺体だ。血溜まりが広がっていた。レンガ道の隙間の溝を満たそうと、血がゆっくりと流れていく。


「…………」


 白峰由記子は、紫乃の遺体の前でひざまづき、手を合わせて祈った。外灯から飛び降りたジョーカーは、由記子の祈る姿を見ている。


「人の死を目の前にして、ずいぶんと落ち着いている」


 ジョーカーは、由記子が祈りをやめるとつぶやいた。


「……私は、これが初めてではないから。目の前で犠牲者が出たのは」


 ジョーカーは由記子の言葉を聞きながらも、右の手ひらを彼女に向けた。そして問う。


「君は『灰の財団』を知っているか?」


 由記子は、首を横に振った。そして返す。


「私は、ジャーナリスト。この街に隠されている秘密を調べている。女の勘だけれど、ジョーカーさん、あなたもそうでは?」


「…………」


 沈黙するジョーカーに対して、由記子は続ける。


「あなたの異能は、雷、電気、そういった類の様ね。戦える力というのは……うらやましいわ」


 由記子は、ジョーカーの仮面を見つめる。ジョーカーは由記子に向けた右手に力を集める。バチバチとその右手から放電が起きはじめた。


「でも、私は異能によって調べることが格段に得意。あのコンクリート使いの男が『灰の財団』を知っているか、否か。調べることは可能よ。だから、その手を下げて。もう少しお話ししましょう」


 ジョーカーは右手をかざしたまま、言葉を返す。


「……どうやって、調べることができる?」


 由記子は、生成したメダルを右手の親指で上に弾いた。コイントスのようにメダルは回転しながら、落ちてくる。それを右手で掴んだ。そして、ジョーカーにメダルを見せながら、言葉を紡ぐ。


「このメダルは、人の記憶を映し取ったり、奪うことが可能なの。そうしたメダルは銀色から金色になる。……藤平紫乃さんは亡くなってしまった。あいつに殺された。でも、彼女は死の直前に、渡していたメダルに想いを遺してくれていた……」


 由記子は、紫乃の遺体に目をやった後、顔を下に向けた。肩を震わせて、絞り出すように続けた。


「……それを、あいつは持ち去った。私は、彼女が伝えたかったことを知りたい。彼女が遺した想いを、受け継ぎたい」


 ジョーカーは、右手をかざしたまま、黙って聞いている。いつの間にか右手からバチバチと放電する音は止んでいた。


「メダルを取り戻すために、ジョーカーさん、力を貸して。私は、あなたが知りたがっている『灰の財団』の記憶を、あの男から映し取ると約束する」


「…………」


 ジョーカーは、由記子に向けてかざしていた右手を、静かに下げた。


「タイラントは、『灰の財団』については知らないとも言っていた」


「でも、あなたは、確かめないと気が済まないはず。それに、私ならあの男を追跡できる。持ち去られたメダルの位置はわかるから」


 由記子とジョーカーの間に、夜の静寂が流れ込む。


 機械で変えたような声が、その静寂を破った。


「……わかった。お互いの利害は一致しているようだ。力を貸そう」


 由記子は少し微笑んだ後、右手を差し出した。だが、ジョーカーは手を出さない。


「追跡して、あの男にたどり着いたとしても……先ほど見ていたとおりだ」


「……互角の勝負。いえ、お互いに決め手に欠ける小競り合いにしかならないということね」


 由記子は、ジョーカーの言葉を引き取り、理解を述べた。そして、続ける。


「私たちが組めば、きっと戦い方を変えられる。別途、作戦を練りましょう」


 由記子は、タイラントが投げ捨てたメダルを拾う。藤平紫乃が遺したメダルは持ち去られた。だが、彼を攻撃した時に掴まれたメダルは、銀色から金色にメダルの色が変わった後、捨てられていたのだった。


「そのメダルには、何か仕掛けがあるのか?」


 ジョーカーが問う。由記子はうなずく。


「ええ。あの男がスキャンアームズと呼んでいた小手型端末から、データを抜き取った。彼は初対面の私を異能者と見破ったわ。それが気になっていた。だから、そのカラクリに関するデータを奪ったのよ。彼の手にメダルが掴まれたのは、運が良かったわ」


「転んでもタダでは起きない。君はそんな性格の様だ」


「私の異能は戦い向きではない。だから、工夫が必要なの。仲間が必要なの」


「白峰由記子、……君の目的は何だ?」


 ジョーカーは、腕を組み、仮面がついた顔を由記子に向けて問う。


「大きく言えば、この街で起きていることの真相が知りたい。個人的なことは秘密。ジョーカーさん、あなたは?」


 由記子は、仮面の奥に見える瞳を捉えて問いかけた。


「個人的なことは言う気はない。この姿を見ればわかるだろう?」


「ほんと、顔も声も何もかも秘密ね。メダルを使って、調べたくなる」


「…………」


 黙ったジョーカーに、由記子は慌てて言う。


「じょ、冗談よ。共闘するのだから、お互いのプライバシーには干渉しないわ」


「由記子、君のそのメダル、一枚貸してほしい」


 その言葉に、由記子は驚く。


「いいわ。でも、どうして?」


「メダルの位置はわかるのだろう? 私はこんな姿だから街を歩くことはしない。そばにいるとわかる方が都合が良いだろう?」


 そう言われて、由記子は外灯からジョーカーが現れたことを思い出す。そして、先ほどコイントスのように見せた銀色のメダルを、ジョーカーに渡した。りんごの絵がが描かれている。


「ジョーカーさん、これからよろしく」


「……よろしく。さて、彼女の遺体はどうする? このまま放置するしかないと思うが」


 悲しい気持ちのまま由記子は、ジョーカーの仮面を見つめる。仮面の下の表情は当然わからない。機械の声は、ひどく冷たく聞こえた。そして、考える。


「少しだけ、時間をちょうだい」


 そう言うと、由記子は先ほど拾った金色のメダルに異能を使った。手のひらからメダルが消える。そして、携帯端末から電話をかけた。コールが繋がった。


「こんばんは。しらゆきだ。夜分にすまない。すこし手伝ってくれないか? 自由の森公園の噴水広場に女性が倒れていると、警察と消防に連絡を入れてほしい。ああ、もちろん、匿名でだ」


 由記子は、ジョーカーと話している時とはすこし口調を変えて、相手と通話している。


「それから、送り届けたメダルは、何かしらのシステムに関わる情報だと思う。調べておいてくれないか? ああ、そうだ。ありがとう。よろしく頼む」


 そう言い終えて、由記子は携帯端末の通話を切った。


「誰に電話した?」


「同志。この街の秘密を解くために、何人か同志がいるのよ。その一人に通報と手に入れた情報の解析を依頼した。さぁ、いきましょう」


 由記子は、藤平紫乃の遺体に軽く一礼すると、ジョーカーにこの場を去るように促した。


「私の位置はメダルでわかるだろう。では、また」


 ジョーカーは電気のような身体に変わると、外灯に吸い込まれるようにして消えた。


 由記子も、噴水広場から足早に去ったのだった。

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