第50話 白黒ついた、その果てに
シャインは、ハガネに向かって駆ける。レインは、彼女の背中に水の塊をつけた。その意図を理解した彼女は、口角が上がる。
晴れ女は、太陽エネルギーを変換した身体強化で加速していく。そして、その勢いを利用して、大きく跳躍した。一回転する。
「高熱源!」と叫ぶと、シャインの背中から高熱が産み出された。背についていた水が水蒸気に相転移し噴射される。その噴射力が白い翼となって、シャインの身体を押す推進力になった。
身体強化の勢い、水蒸気の噴射力で、急加速したシャインは、ヒビだらけになったハガネに強烈な飛び蹴りをぶつける。
鉄の巨体であったハガネは、吹っ飛んだ。ヒビ割れていた鉄の鎧は砕け散り、多重な金属音を鳴らす。そして、ハガネはアスファルトの路面を転がった。
「私たちは、ちょうど良いコンビですから」
晴れ女は、ゴーグルを首に下ろし、両手を腰に当てて、少し前かがみになったポーズを取る。
「それを言うなら、最強のバディだろ」
雨男は、ハガネを見下す様な目線のまま、スキャングラスを右手の中指で軽く押し上げた。
二人が立つ背後では、散った水蒸気が、陽の光を受けて煌めき、虹を作っていた。
*
レインは、ハガネの着ているジャケットを濡らし、操る水の力で拘束する。ハガネは路面にうつ伏せだった。レインは、彼の首の付け根にオートインジェクターを撃ち込む。
「これで、お前はもう異能が使えなくなる」
そう言いながら、レインはスキャングラスのモードを元にもどした。ハガネをスキャンする。レベル3、オレンジを示した。レインが、まだ監視が必要と思った矢先のことだった。
雨男に向かって、鉄骨が飛んできた。ハガネは濡れた服で拘束されているにも関わらず、消えゆく異能を使い続けた。
ハガネが飛ばしてきた鉄骨。それを、レインは避けた。路面を鉄骨が削る音が響く。
その一瞬の隙を、ハガネは利用する。桐明に向かって橋の左右に組み残っている無数の鉄骨を飛ばした。そして、それらに隠れるように、鉄のステッキをも高速で飛ばした。
「仕事は完遂する。何があろうとな」
ハガネは、呟くように言った。
無数の鉄骨が飛んできた。有澄と衣折は、異能を使って、桐明を守る。ハガネの異能は弱くなって、鉄を変形させることはできないようだった。
だが、一本の鉄骨が防衛する二人の隙間を抜けた。桐明の目の前に迫る。鉄骨が路面に刺さった。桐明は、間一髪避けたのだった。だが、驚いた拍子に、尻餅をついてしまう。
動けなくなった桐明を狙うように、鉄のステッキが飛んできていた。その鋭利な先端が、桐明を狙う。
桐明は、咄嗟に避けられないと悟った。タブレット端末が入っている鞄は、横によける。研究データさえあれば、彼女たちを救える希望は遺るからだ。反射的にそうしていた。目をつむり、歯を食いしばり、身体にくる衝撃に備えて身構える。
目を閉じていた桐明は、柔らかいものに形あるものが突き抜けた音を聴いた。あたたかい何かが飛び散った。頬や腕にかかった。
いまだ激しい衝撃に襲われることは、なかった。桐明は、疑問に思って、恐る恐る目を開く。
「……先生、大丈夫?」
聞き覚えがある声がした。
桐明の目の前に、白と黒の双子、令美と栄美がいたのだった。いつもの様に仲良く手を繋いで立っていた。銀髪の令美は日傘をさしている。桐明は、西陽が照らす中、二人を見上げていた。
だが、黒髪の栄美の胸からは、鉄のステッキが突き抜けている。黒いワンピースから突き出しているその先端から、赤い血がぽたぽたと落ちていた。
桐明にかかった、あたたかい何かとは、彼女の血だったのだ。栄美の口元からも血が滴り落ちる。
「…………あ、……えっ?」
桐明は、何が起きたのか、理解できなかった。起きていることを拒否するように、思考が進まなかった。言葉が出てこない。
「……先生、ケガはない? 大丈夫?」
栄美が微笑んで、もう一度聞いてきた。桐明は、なんとかうなずく。
「良かった」
そう言った、栄美はふらついた。銀髪の令美が彼女を支えるように腕をからませる。日傘がはらりと落ちた。
「私たち、決めていたの。先生を守るって」
令美が、穏やかな顔で言った。血を流している黒髪の栄美は、それにうなずく。
「な、何を言っているんだ。私は、令美、栄美、君たちのために……」
「……うん。知ってるよ。自由をくれた。研究所から逃がしてくれた。私たちのために、寝る間もないほど、命を削るように、研究していた」
栄美の言葉に続いて、令美が言う。
「……ずっと、先生を観ていたから」
令美は、遠く離れていた桐明を異能で観ていたのだ。そして、『瞬間移動』で駆けつけた。
「……どうして?」
桐明は、目の前で大切な人が失われていく恐怖を感じ、血の気が引きながらも、問うた。守ってもらう価値なんてあるのかと思っていた。
「……先生だけが、先生だけが、私たちに人として接してくれたから。みんな、実験体や道具としてしか、私たちを見ていなかった。扱ってなかったのに……」
そう、令美が告げた。
「だから、先生には、しあわせになってほしいの。そのためなら、平気だから。痛くないから」
栄美が、微笑んで添えた。そして、彼女は震えながら、かがみ込み、両手を伸ばし桐明の頭を包み込むように触れる。令美も彼女の身体を支えていた。
「私が遺せるものは、これくらい」
そう言うと、栄美は、桐明の唇に自分の唇を重ねた。
桐明は、からまれた舌の感触と共に血の味を感じた。失われていく命を直に感じて、涙が溢れていく。
唇を離した栄美は、桐明をずっと見つめていた。令美もだった。
「……ほんとはね、先生。…………三人で、一緒に……おでかけしたかった」
そう告げた黒髪の栄美は、涙を散らしながら、崩れるようにその場に倒れた。銀髪の令美は苦しい顔をしながら、なんとか起こそうとしている。
「うあああぁぁッ!! 栄美、栄美、しっかりしろ! 目を開けてくれ!」
桐明は、栄美を抱きかかえて、叫び声をあげた。




