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雨のち晴れの事件簿 ~ 性格も好みも真逆の男女バディですが、異能犯罪者は沈めます ~  作者: 凪野 晴
第2章

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第14話 静かな日常と静かな殺人

 包川を確保し警察署で取り調べを行った翌日だった。天気は予報どおり晴れ。時刻は正午を少し過ぎたくらいだ。


 レインは、くるみベーカリーへと続く遊歩道を歩いていた。ランチを調達するためだ。


 シャインは「カレー食べてきます!」と言って、昼休みの正午を待たずに事務所を出ていった。咎めはしなかったが、こういう時だけ五分前行動をするのはどうなんだろうと、レインは毎回思う。


 くるみベーカリーに着いた。昼時なのに、そんなに混んでいない。だが、実はこの店の客の回転率は高いのだ。


 この店を切り盛りしている朝月夫妻はなかなかのやり手で、三種類のランチ用パンセットを販売している。オンライン注文で受け付けている形だ。もちろん、個別に好きなパンを選ぶこともできるオンライン注文でもある。


 昼時前から注文サイトに訪れるとランチ用パンセットが一番目立つようになっているのだ。手早くランチを済ませたい社会人にとっては、重宝する案内。


 三種類のランチ用パンセットは、一セットあたりパンが二個か三個なのだが、月毎に少し変えることで飽きがこない工夫をしている。売り出したい新商品や季節限定パンもセットに組み込まれているのだった。定食屋の日替りランチのようだなと、レインは思っている。


 くるみベーカリーの常連であるレインは、こういった仕掛けは、朝月巧あさつきたくみが考えているのだろうなと推測していた。


 決して広くない店舗だ。準備しやすいランチ用パンセットをオンライン決済で支払ってもらえば、店に来たお客へ手渡しするだけでいい。お客の店にいる時間は、せいぜい一分程度だろう。忙しい社会人の貴重な昼休みを無駄にさせない配慮。だから、昼時とはいえ店内は混雑していないのだ。もちろん配達サービスにも対応している。抜かり無い。


 それは結果的に、来店してからパンを選ぶ客にとっては好都合となる。混んでいない店内で、自由にパンを選べるからだ。


 カランコロン。店のドアを開けると馴染みの音が鳴った。


「いらっしゃい」とレジにいる朝月巧が声をかけてきた。


 レインは、軽く片手を上げて応じた。半透明のトレイ、そしてトングを手に取る。お目当てのパンがあるかをざっと見渡す。


 あまり悩まずに、レインはトレイに三つパンを取った。食べたいパンの候補は五つくらい思い浮かべていたからだった。


 一つ目は、シーフードフォッカチャ。柔らかいパンの上にホワイトソース、そこにエビ、あさり、イカが乗っていて、焼き目のついたチーズが覆い被さっている。パンからはみ出てでいたチーズがしっかり焼かれてパリパリとなっているのも美味しさの秘密だ。


 二つ目は、アプリコットカスタードパン。ざくっと焼き上がるパイ風のパン生地の上にカスタードクリーム。さらにアプリコットが乗っていて、果実の酸味がカスタードの甘さを引き立てる。


 三つ目は、くるみとレーズンのメープルパンだ。もちっと柔らかい白パンの中にくるみとレーズン、そしてメープルを入れ、白ゴマをまぶして揚げている。くるみやレーズンの食感を楽しみながら、メープルのしっとりとした甘さが、もちっとしたパンに合うのだ。白ゴマの風味も良い。


 甘党のレインは、たいてい惣菜パンを一つ、菓子パンを二つ買うのが定番だった。


 選んだパンを載せた半透明のトレイをレジにある白く光るボードの上に置く。その上方には小型カメラがトレイに向けてセットされていた。投影されたパンを自動で識別して、お会計を算出するのだ。レジ打ちの手間を省く工夫。


 朝月は、表示された明細とトレイのパンが一致していることを確認する。そして、パンを袋詰めしていく。


「繁盛してそうだな」


 レインは表示された金額を確認しながら、言った。レジのそばにある端末の上に手をかざした。手のひら静脈認証の装置だ。


 人の手のひらにある静脈は指紋のように個性があり、個人認証に使えるのだ。指紋よりも偽造するのが難しく、触れずに手をかざすだけなので衛生的な認証方法なのである。


「おかげさまで」

 朝月がにっこりを微笑む。


 彼は、レインが手のひらをかざして会計が済んだことを確認する。レシートが装置から打ち出された。レインはレシートはとりあえず取っておく派だった。買ったものを事務所の経費で落とすこともあるからだ。ふと、相棒が領収書をなくして、事務所でよくあたふたしていたことを思い出した。


「すっかり、パン屋が馴染んでしまったな」


「ははッ。そう言われると嬉しいね。でも、くるみやこの店を守るためなら、いつでも手を貸すよ」


 朝月は、爽やかな笑顔のまま一瞬真剣な目つきになった。


「それは心強い。だがまぁ、迷惑はかけないようにするさ」


 そう言って、レインはパンの入った紙袋を受け取った。


 *


 午後二時過ぎ。


 レインとシャインは事務所にいた。レインの携帯端末から着信音が鳴る。その電話に出たところ、相手は城守彩だった。彼女は告げた。


「留置場で隔離されていた包川が、死にました」


 静かな声だった。それはアナウンサーがニュースを読み上げるように的確で、事実であると伝わるような言い方だった。


「ちょっと待ってくれ、城守さん。警察署の留置場で、死ぬなんて……」


 レインが話す言葉を聞きつけて、シャインが彼に視線を向けた。聞き耳を立てる。それを察して、レインはハンズフリーのモードに通話を切り替えた。事務所に彩の声が響く。


「包川は、留置場で毒物を服用して死亡しました。詳しいことをお伝えしたいので、警察署まで来ていただけないでしょうか? 相談したいこともあります」


 重大なことが起きているようだったが、城守彩の声は事務的だった。レインは、なんとなく、そばに居るであろう正岡は慌てているのではと感じた。


 レインとシャインは、事務所の近くにある月極駐車場に向かった。市内の移動を円滑にするために、ウィルの事務所としては一台車を用意している。シルバーのコンパクトカー、売れ筋で無難な色の車。つまり目立たない。


 二人は女神ヶ丘市天円区にある警察署へと車を走らせる。運転はレイン。助手席にシャイン。二人とも黙っていた。


 警察署内の会議室に案内された。室内では正岡と城守彩が待っていた。


「昨日の今日でご足労いただき、すいません」

 正岡が言った。


「彩ちゃんから、包川が留置場で死んだって聞きました。でも、毒物を服用して死ぬなんてできるのですか?」


 シャインが二人の刑事に質問した。正岡が彩に目線を送る。それに気づいて彼女は話を始めた。


「包川が死んだのは、夜中の二時過ぎです。鑑識の調べでは毒物による中毒死とまでわかっています。どんな毒物かは今調べているところです」


「彼が毒物を持ち込んでいたとは考えづらいですね。あれほど自信満々に斗沢のことを狙っていたのですから」


 レインは確認するように言った。


「はい。その通りです。具体的な説明の前に、留置場の包川を監視していたカメラの録画をお見せします。音声も録画されています」


 包川がいる留置場の部屋全体を映す位置、すなわち天井の角にあるカメラからの録画映像だった。そこには、また()()()()()()()()が記録されていた。

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