【短編】ある地味な少女のバレンタインデー
バレンタインデー過ぎちゃったけど……
大きなショッピングモールや町のスーパー、それにコンビニにも、2月14日が近づくとバレンタイン用にラッピングされたチョコレートが並ぶ。
本命にあげる本気のチョコレート。
クラスメイトや職場の男性にあげる義理チョコ。
家族に贈るチョコレート。
(私には……今年も関係ないなぁ。お父さん、糖尿病だからチョコじゃない方が良いだろうし)
チョコレート売り場を横目に、絢華は通りすぎた。
一瞬、同じクラスの男子の顔が浮かんだが、チョコレートを渡す予定はなかった。同じクラスだけど、数えるくらいしか話したことのない相手からチョコレートを貰っても、相手も困るだろう。
(テストの時に、席が近くなるってだけだし)
テスト期間は出席番号順になる。
絢華の気になっている男子──瀬本斗真は、そのときだけ絢華の隣の席になるのだ。
(瀬本君は人気者だし、私みたいな地味な女のことなんて、意識外だろうなぁ)
ショーウィンドーに映る自分の姿を見て、絢華は心の中でため息を吐いた。
大きくも小さくもない目に、高くも低くもない鼻梁、少し乾燥してかさついた唇に、感情の伺えない表情。肩まである髪の毛は、少し邪魔なので首もとで適当にゴムで結んでいる。地味な見た目通り、自己主張が苦手でグループワークなどでも自分の意見は聞かれなければ言わないタイプの人間だ。クラスメイトの中には、絢華の名前も忘れている人もいるだろう。実際、ほとんど言葉を交わした事のないクラスメイトが、何かの用事で絢華に声をかけようとして「えっと……」と詰まる場面は何度かあった。
それくらい絢華は、地味で目立たない。
(ほんと、名前負けしてるよね)
絢華の『絢』は織物の美しい模様という意味で、『華』は派手ではなやかという意味がある。
どちらも、絢華には不釣り合いな言葉だ。
(もっと地味な名前だったら気が楽なのにな。それか、名前通りにキレイで華やかだったら……自信を持って好きな人に告白とか出来るのかな)
何回目かのため息を心の中で吐きながら、絢華は帰路についた。
2月13日、日曜日だったため、絢華は録り貯めていたドラマでも観ようかなと思っていた。その予定が崩れたのは、遅めの朝食を食べたあとだった。
「絢華ちゃん、おねがいがあるの。一緒にチョコレートを作るのを手伝ってくれない?」
前触れもなく絢華を訪ねてきたのは、近所に住む従姉妹、美千留だった。
同い年で、家も近所の美千留とは小さい頃から一緒に過ごしていたこともあって、とても仲が良い。こうやって突然訪れて遊びに行くことも度々あった。
「チョコレート? ああ、明日はバレンタインデーか」
自分には関係がないことだったため、明日がバレンタインデーだという意識がなかった。
「そうなの! 絢華ちゃんお菓子作り上手いよね。だから一緒に作ってよ」
絢華は料理が得意だ。お菓子も作れるが、割と面倒なので気が向いた時にしか作らない。
「え~、買ったチョコレートで良いんじゃないの?」
気分が乗ってない絢華は、そう返す。
売り場で見かけたチョコレートの中には、とても値段が高く学生が買うにはちょっとした決断を要するものもあった。ああいうチョコレートは絶対に美味しいはずだ。
「今年は、自分で作ったチョコレートを渡したいの! だけど、私一人で作ったら微妙な仕上がりになりそうだもの……お願い!!」
「もう、仕方がないなぁ。わかったよ」
真剣な表情の美千留に絢華は負け、一緒にチョコレートを作ることにした。
まずは、近所のスーパーと100均で材料の買い出しに出掛けた。「この型が可愛い」とか「ラッピングはどれにしよう」などとワイワイ話ながらの買い出しは、以外と楽しい時間だった。
それから絢華の家に戻り、チョコレート作りだ。買い出し前に何を作るのか美千留に聞いたところ「トリュフとチョコクッキーを作りたい」と返された。
本命にトリュフ、家族や友達にチョコクッキーを渡すそうだ。ちょっと調べてみたら、クッキーは「クッキーのサクサクとした食感が軽さやドライなイメージがあるため、友達にあげる定番」と書かれてあった。渡す物によって意味が違うなんて、あまり考えたことがなかったから、いい勉強になったと思う。せっかく一緒に作るんだから、絢華も砂糖控えめにして父に渡すクッキーを作る事にした。
因みにバレンタインデーに渡すトリュフには、特別な意味はないみたいだ。美千留いわく「だって、ほら、がっつり本命ですって意味のチョコ渡すのは恥ずかしいし……トリュフだったら作りやすいみたいだしね?」と。
確かに初心者にトリュフは作りやすいだろう。多少見映えが悪くても、ココアパウダーを降ればある程度様になるし。
ということで、作ったトリュフは美味しそうな見栄えになった。二人で味見してみたが、とても美味しかった。
100均で買ってきた箱に詰め、ラッピングの動画を参照しながら、見よう見まねで梱包してみたら、なかなか良いものが仕上がった。
「絢華も、誰かにあげたら?」
「お父さんにあげるよ」
甘さ控えめのチョコクッキーを袋に詰めながら答えると、美千留は「違う、違う」と言う。何が違うのかと、絢華は首を傾げた。
「トリュフ、まだ余ってるじゃない。100均で買った箱もリボンも余ってるんだし、誰か気になる人にあげたら?って意味よ」
「えー、そんな人……」
「一人ぐらいいるでしょ?」
「それは……まぁ、居るけど……」
やはり絢華の頭に浮かんだのは瀬本の顔だった。
「じゃあ、渡しなよ」
「……うん」
気がつけば、絢華は小さく頷いていた。
多分、その場のノリというか、買い出しやチョコレート作りでバレンタインの空気に当てられてしまったのだろう。今朝までは「私には関係のない行事」だと忘れていたくらいなのだ。
なのに、今の絢華は「渡してみようかな」と言う気持ちになっていた。
2月14日。バレンタインデー当日。
昨日作ったチョコレートは鞄の中に入れてきたが、絢華は悩んでいた。
(昨日は、その場の空気に飲まれて「渡してみようかな」と思ったけど、結構……いや、かなり私にはハードルの高い行事だよね)
ちらりと瀬本の方に目線を向けると、既に何人かからチョコレートを貰ったようだった。
イケメン瀬本はもてるのだ。
(どうしよう……私も渡す?)
しかし、瀬本が受け取ったであろうチョコレートを真剣な表情で見つめている姿を見て、絢華は目をそらした。
(あんなに真剣な表情でみてるなんて……もしかして本命からのチョコレートを貰ったのかな?私が渡したら迷惑になるんじゃ?)
大体、あまり話した事のないクラスメイトから手作りチョコを貰っても困るのではないか?と思った。
(市販のチョコならともかく、手作りチョコなんて渡したら、本命ですって言っているみたいなものだし……明日から顔を合わせるのが恥ずかしくなっちゃうじゃん)
やはり絢華にバレンタインデーはハードルの高い行事なのだと再認識し、鞄の中のチョコレートは帰って自分で食べようと決めた。
放課後。
借りていた本を返却するために、絢華は図書室に向かった。せっかくなので、他の本を借りて帰ろうと室内を見て回る。
「佐藤さん」
聞き覚えのある声で名前を呼ばれて、絢華は振り返った。
「図書室に行くのが見えたから……その……」
絢華に声を掛けてきたのは、瀬本だった。何か言いたそうで緊張した面持ちだが、絢華は絢華で、意中の相手に声を掛けられて、驚き固まってしまった。
「えっと……どう、したの?」
何とか問う。
「その……今は、男から女の子にチョコを渡しても良いって話を聞いてさ」
「うん?」
確かに、バレンタインデーに男の子から女の子にチョコレートを渡す『逆バレンタインデー』というものがあるという事は、絢華も知っていた。
知っていたが、回りは女の子が男の子に渡す事が多く、男の子からチョコレートを貰う経験もなかったので、「そういえば、そんな話もあったな」程度の知識だ。そして、何故瀬本が逆バレンタインデーについて絢華に話すのか、はて?と疑問に思い首を傾げる。
「良かったら、受け取って貰えないかな?」
そう言って瀬本が差し出したのは、教室で真剣な表情で見つめていたチョコレートの箱だった。しかも、どう見ても高級そうなチョコレートの箱だ。
「え、え?私に??」
まさか、瀬本からチョコレートを貰うなんて想像していなかった絢華は、目をまん丸にさせて、そわそわと挙動不審になってしまった。
「うん。突然こんなの渡されてビックリしたと思うんだけど……前から佐藤さんの事が気になってたんだ。その、良かったら、付き合ってくれないかな?」
挙動不審な絢華に、「テスト期間中にさ、佐藤さんに解らない所を聞いたら丁寧に教えてくれたよね。お礼を言ったら少し恥ずかしそうに微笑む姿がとても可愛くて気になっていたんだ」と、瀬本は顔を赤くしながら、伝えてくれた。
瀬本の話を聞きながら、絢華は顔が、かぁっと熱くなっていった。絶対に赤くなっているはずである。
(気になっていたって、本当に?え?これって告白……なんだよね?)
瀬本からの告白は嬉しかった。
嬉しかったが、完全に想定外の出来事で、絢華は混乱してしまっていた。
その時、鞄に入れたままのチョコレートの存在を思い出した。
「あ、あの、ちょっと待ってね」
瀬本にそう断って、鞄を開けてチョコレートを取り出す。
「その……本当は、私も瀬本君にチョコ渡そうって思ってて……でも、勇気が出なくて渡せずにいたの」
そう言って、絢華はチョコレートを瀬本に差し出す。緊張で手が震えてしまった。
「それって、告白の返事はオーケーってことで、良いのかな?」
瀬本の問いに、絢華はコクコクと頷く。
絢華の返事に、瀬本は表情をぱぁっと明るくさせた。
(くっ、イケメンの笑顔……眩しすぎる)
イケメンの笑顔に、絢華はくらりと目眩がしそうになった。このイケメンが、絢華に告白なんて信じられない気持ちだったが、交換したチョコレートの感触が夢ではないことを告げていた。
「駅まで一緒に帰ろう?」
伺うような瀬本の問い掛けに、ドキドキと鼓動が速まる。
こんなイケメンが彼氏になって、これから心臓が持つのだろうかとか、瀬本を狙っている女の子達からどんな風に思われるのかとか、心配な事は沢山あるが、今はそれよりも嬉しさの方が大きかった。
「よ、よろしくお願いします」
「うん、こちらこそ!」
初々しい雰囲気の二人は、並んで駅までの道をポツポツと会話を交わしながら帰ったのだった。
自分には関係のないと思っていたバレンタインデーを、思わぬ形で成功した絢華の物語でした。
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