~*後編*~
ガレンに手を引かれ馬車へと乗り込むベル。扉を閉めた彼は、近くにいた愛馬へと跨った。
そんな彼の姿を見つめながらベルはふと疑問に思うことがあった。
―彼はどうしてわざわざ私のエスコートを願い出たのかしら
城へと到着すると、行きと同じように手を差し伸べたガレン。彼の手をとり馬車を降りたベルは、そのまま彼の鍛え上げられた左腕へと手を添えるように触れた。
案内されるがまま歩いていると、あちらこちらで視線を感じるベルであったが、気にすることなく歩みを進めた。
「今宵の、あなた様の美しさに皆虜になっているのでしょう。かく言う私もその一人です」
「えっ、今なんと」
「お気になさらず、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。また後程」
ベルの手を取り、手の甲にキスをした彼はお辞儀をし、その場を後にした。
今まで経験したことがないことに彼女はどうしてよいかわからず、しばらくその場を動けずにいた。
会食が始まる少し前にベルの両親は到着した。
この会食パーティ以降、ガレンはよくクーベルト家へと足を運ぶようになった。
同じ時間を過ごすうち、いつしか2人の心は通じ合う仲となった。
近衛騎士団長の任務は数多くあり、多忙が故に彼らの逢瀬は月に一度できればいいほうだった。
寂しい思いをさせてしまうのではないか、ガレンはそう思いながらも、彼女のためと思い、ベルとの婚約を公に発表した。この発表で、どれだけの女性が悲鳴をあげたかは彼らには関係のないことだった。
―――そんなある日のこと。
「君は私のことを何にもわかっていない。こんなことなら初めから婚約をするんじゃなかった」
そう言い残し、ガレンはベルの前から姿を消した。
彼女には何が起こったのかわからなかった。
何が彼を追い詰めたのか、聞く術すら持ち合わせていなかった。
ガレンとの婚約解消以降、ベルの元には度々婚姻を申し込む文が送られてきた。その中に待ち人がいるのでは、と淡い気持ちは虚しく、待てど暮らせど彼からの連絡はなかった。
そんな彼女の様子を見兼ねた父親は、近衛騎士団への入団が決まった兄サフィアへと文を出した。
「ベル、明日城へ行く用事ができたんだが、一緒に行ってくれるかね」
「どうして私も一緒ですの」
「サフィアがお前に会いたいと言ってるんだ、会うのは久しぶりだろ」
「確かにそうですけれども」
「気分転換にもなるんじゃないか」
父に気を遣わせていることを重々理解していたベルは、躊躇いながらも了承した。
迎えた当日。
案内された庭園へと足を踏み入れると、穏やかな風に吹かれ、どこか懐かしい香りがした。香りを辿り歩いてい行った先にいたのは、一輪の白い薔薇に口づけているガレンだった。
「ガレン」
「なっ、どうして君がここに」
「香りに誘われたの」
「職務が残っているので失礼する」
「待って」
ベルは、彼女の傍を通り過ぎようとしたガレンの腕を掴み、引き留めようとした。だが、意図も簡単にガレンは彼女の手を振りほどいた。
「もう君とは終わったんだ」
「何にも言わずに終わりだなんて、納得できる訳ないですわ」
「私の心を踏みにじったのは君じゃないか」
悲痛とも言える彼の声。
しかし、ベルには身に覚えがなく困惑していた。
このまま引き下がる訳にはいかず、ベルは意を決して彼へと詰め寄った。
「きちんと話をしてくださいませ」
今まで見たことがない彼女の様子に観念したガレンは、重い口を開き話し始めた。
事の発端は、ガレンとの正式な婚約を発表しても尚、彼女が騎士団の鍛練場へと足を運んでいたことへと遡った。
「婚約を発表したにも関わらず、君は鍛練場へと足を運んでいた」
「ええ。それが私の日課でしたもの」
「それがどんな噂を招くかわかっているのか」
「噂は噂でしょう」
「くっ」
みるみる表情が強ばるガレン。だが、一度話したからには最後まで話そうと思い、怒りを抑えながら話を続けた。
「君が、婚約者の私以外にも色目を使っていると言われ始めたんだ」
「なんですって、そんなこと一度もありませんわ」
「実際、私だって君が笑顔で話しかけている姿を目にしてるんだ」
「それは一体誰のことを仰っておりますの」
「誰って、そんなこと言えるわけないだろ」
「そこまで仰るであれば、きちんと教えてくださいませ」
「…サフィア」
「まさかっ!!、それを真に受けたのですか」
「君は彼と話すとき、あんなに嬉しそうだったじゃないか。彼みたいな魅力的な男性なら、私の方から引き下がるしかないではないか」
これまで落ち込んでいた気持ちが嘘のように失くなり、次第に笑いそうになった自身の気持ちを落ち着かせ、ベルは言い放った。
「勘違いしないでくださいませ。貴方への愛は嘘偽りございません。貴方を愛したのは、貴方様の、その御心に惹かれたからでございます。貴方様はいつも私のことを一番に考えて下さる優しいお方。近衛騎士団長という立場からお忙しい中でも、私との逢瀬には応じて下さります。それに、ガレンが言うサフィアは、私の兄でございます」
その後、庭園へと戻り改めて勘違いであったと知らされたガレン。
クーベルト家が騎士団へ入団したと公に示さなかったのには意図があったことを聞き、拍子抜けした表情を愛おしそうに見つめるベル。
この先、何度も今回の出来事を聞かされるとは、この時のガレンはまだ知らない―――。
虎娘『勘違いしないで。貴方を愛したのは、貴方の御心に惹かれたからです。』
後編を読んで下さり、誠にありがとうございます。
この物語はこれにて完結です。
異世界恋愛3作目となりました(*´ω`*)
作品を読んで下さった皆々様、今作を呼んだ評価・感想をいただけますと、私の励みにもなりますので、何卒よろしくお願いいたします。
今後とも虎娘の作品をよろしくお願いいたします。