心術の特訓
イザークとユリアンが学園入学に向けて本格的に学びと特訓を開始して早くも数週間が経った。
「先生、今日は何をするんですか?」
イザークのこの質問に家庭教師のイザベラは笑みを浮かべながら答える。
「今日は心術の特訓をしてみようと思います。普段からお二人はしっかりと心術について学んでらっしゃるとは思いますが、やはり実践しなければ身につきません。今日は日頃の勉強の成果を存分に発揮していただきたいと思っております」
「なんか楽しそうですね! 頑張ります!」
「僕も! イザークにだけは絶対負けないからな!」
「僕だって!」
「ははは、お二人ともその意気でございます。では早速やっていきましょう。ただし、イザーク様に関しては旦那様から言伝を預かっております。内容としましては、『本来の力はいざという時にだけ使いなさい。特訓も絶対にこの家でするか、学園に入ったとしても、何かしら1人で特訓できる場所を探してからにしなさい』と」
「そ、そうですか」
「やっぱり、イザークの心術は人に知られてはダメなの? イザベラ」
イザークとイザベラのやり取りを聞いていたユリアンがそのように聞いてきた。ユリアンとイザベラは、イザークの本当の力のことを知っているのだ。
この家にイザークが来た時に、2人ともオットーから直接聞いている。
そんなわけでイザークのことが心配で仕方ないユリアンは、イザベラにこのように聞いてきたというわけだ。
「そうですね。イザーク様のお力は今はまだ未完成ですが、鍛え上げれば凄まじく強大となり得ます。故になんとしてでもイザーク様を取り込もうとする連中がいるでしょう。そしてその連中は我々の歓迎する者たちでないのは、お二人にもお分かりいただけますね?」
イザベラの言葉にユリアンもイザークもしっかりと頷く。
「国内でもそういう危ない輩は居ますが、もっと怖いのが他国からも狙われることです。イザーク様のお力はそれほどまでに、色々な人間が喉から手が出るほど欲しがるものなのです」
イザークは自分のことながら、あまり実感が湧いてこない。それはそうだ。何故なら自分の心術が判明した時からイザークはあまり良い待遇は受けなかった。
ギルドでも、元実家ほどではないが、それでもやはり試験を受けてくれなどといった、言葉には出さなくても、明確に劣等心術を区別しようという動きがあった。
故にイザークは自分がすごい人間なのだとあまり自覚できないのだ。だが、
(だからこそ、父上を始め、公爵家のみんなが僕を必死に守ろうとしてくれているんだろう。僕が狙われる人間だという自覚がないから……しっかりしなきゃだな! 訓練の時は気をつけよう)
「分かりました。最大限気をつけながら、これからは訓練していきます」
「お分かりいただけたようで何よりです」
「それじゃあ、イザークに何かあった時は僕が守らなきゃだね! 兄なんだし」
「ははは、そうだね。しっかり守ってよ? 兄さん」
「任せなさいって」
胸を張りながら自信満々に言うユリアンに、イザークとイザベラは微笑みながら頷く。イザークの方が弟のはずなのに、何故か性格は逆転しているような感じで、特に2人の教師をしているイザベラは面白い兄弟だと言うふうに感じている。
「それでは早速訓練に移りましょうか」
「「はい!!」」
まずは、心術を扱うための心力操作の訓練からやっていく。この訓練は心術を使う上では基本中の基本。これがうまくできるかできないかで、心術の威力・効力は驚くほど変わってくる。
そしてイザークの場合、この特訓を元父ブルーノにさせてもらえなかったため、未熟云々以前にそもそも知らなかった。故にイザークはなんとしてもこの技術の練度を上げなければならない。
「心力操作のコツは全身の血管をイメージすると分かりやすいでしょう。血が心臓から流れ、全身を巡ることによって私達は生きることができています。そして心力もまた、全身を巡っているものです。まずはその流れを感じられるようになりましょう」
「はい、先生」
イザークは言われた通りに体の中にある流れを探った。すると案外すぐにわかった。と言うよりも、今までにも感じたことはあったのだ。何故なら既にイザークは心術を使っているのだから。
よくよく考えれば、ここの過程については気負って臨まなくて良かったのだ。ならば次にやることは決まっている。イザークがそう思った時だった。
「あら、今までにも心術を使ってはいたと聞いていたので、お出来になるとは思っておりましたが、余裕だったようですね。流石でございます」
「そんなことないですよ」
「いえいえ、それこそそんなことないですよ。これは決して簡単なことではないので」
「そうなのですか?」
「ええ、心術は誰でも扱えるものですが、その成長速度は本当に人それぞれです。最初の基礎訓練でつまずく人も相当数います」
イザークはその話を聞いて、自分はちゃんと発動できて良かったと心底思った。そして隣を見てみると、ちょうどユリアンも出来たようである。
「出来たよ、イザベラ!」
「お二人とも、流石でございます。しっかりとお出来になりましたね。でしたら早速ですが次に参りましょう。次は先ほど感じ取った心力を体の中心部、つまり心臓辺りに集めてください。そしてそのままそこに留め続けて下さい。ここからはかなり難しくなるので、しっかりと集中して下さいね」
イザークとユリアンは言われた通りに集中しながら心力を操作した。これが結構キツかった。確かに今までは使ったらそこで終わりで、このようにずっと心力を操作し続けることはなかったため、思いの外フラフラになってしまったのである。
「なんだか、体に力が入らなくなってきた……」
「ぼ、僕も……」
「お二人とも、しっかりして下さい。あと30秒頑張ってください」
イザベラのその言葉にイザークとユリアンは最大限力を振り絞って耐えきった。
「はい、そこまで! お二人とも、よく頑張りましたね。ひとまずお茶の時間にしましょうか」
「!? やったぁ……」
「僕もう喉がカラカラだよ〜」
かれこれ1時間近く特訓し続けていたので、イザークとユリアンはヘトヘトだ。貴族家に雇われる騎士になるような人物たちはこのようなきつい訓練をもっと長くやり続けるが、子供の体にはこのぐらいが精一杯なのである。
「基礎訓練のやり方については基本的に今のメニューを何回かに分けてやっていく形になります。ですが今日はイザーク様にとっては初回、ユリアン様は2回目なので、このくらいにしておきましょう。今日はもう後2、3回ほど心術を実際に使ってみて終わりにしましょうか」
イザークはようやく面白そうな訓練に移れると思い、思わず笑みが溢れる。そしてそれはユリアンも同じのようだ。
「それでは、15分後にまた再開しましょう」
イザークとユリアンはイザベラのその言葉に頷きながらもお菓子に手を伸ばすのをやめないのであった。