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オットー・バルシュミーデ公爵

 私はオットー・バルシュミーデ。バルシュミーデ公爵家の現当主だ。今日は隣のベッケンバウアー伯爵の領地に用があって出かけていたのだが、これが最悪の事態につながった。


 我らがベネディクト王国に隣接するシュヴァルツ帝国という国の刺客に襲われたのだ。炎の心術をその身に宿す、とても強い男だった。


 護衛の者たちはすぐに満身創痍(まんしんそうい)となってしまった。必死に守ってくれてはいる。見事に護衛としての役目をまっとうしてくれていると心から思う。


 だが、今回はただ知り合いの伯爵に用があって、領に行って帰ってくるだけと思っていたので、護衛の者たちは公爵家の私兵の中では中より少し上といったところの者たちだったのだ。


 決して弱いわけではない。しかし目の前の男を相手にするには少し足りなかったようだ。私の家は代々軍務に携わる家系だ。しかし私は頭脳系の心術なので、戦闘で役に立ってはやれない。


 歯痒い思いで、目の前の光景を眺めていると、男がさらに心力を開放し、より強力な術を使おうとしているではないか……


「ここまでか……」


 諦念と共に呟いた言葉であった。しかし、どれだけ待っても攻撃が私たちに来ることはなかった。不思議に思って前を見ると、とても大きな影に目の前を遮られていた。


「こ、この竜は一体……」

「驚かせてしまい、申し訳ありません。私はこの近くで冒険者をしているものです。名をイザークと申します」


 私が目の前の光景に理解が追いつかず、ボソリと呟くと、見知らぬ男の子が私に話しかけて来た。しかもものすごく丁寧な口調で……。そこからもいくつか言葉を交わし、共闘することとなった。


 それにしても、


(明らかに貴族の教育を受けている……こんな少年が何故ここに……)


 色々と聞きたいことはあったのだが、今はこの少年の助けが必要なようだ。なんせ、上位ではないとは言え、公爵家の護衛ですら帝国の刺客には敵わなかったのだ。彼に任せるしかあるまい。


 しかし、不安な部分も少しはある。目の前の光景を見れば一目瞭然だが、彼は竜操師のようだ。竜操師と言えば、劣等心術とまで言われるほど、戦闘力が低い。本来ならば、今回の敵にはどうやっても敵わないはずだ。


 しかし、現実に先ほどの攻撃を防いで見せた。もう何が何だか全くもって分からない。とにかく今は彼を信じるしかなさそうだ。そう思って、不安な気持ちを抱えながら目の前の少年を見守る。


 だが、その後すぐに自分の考えが大いに間違っていたと気付かされる。


「翠緑竜! 行くよ!」


 彼が自身のパートナーの竜にそう言った。だがそこで私は引っかかることがあった。


(ん? 今この少年なんと言った? 翠緑、竜と言わなかったか? それって……あの翠緑"龍"!?)


「き、君。ちょっと待ち……」

「それでは、閣下は下がっていてください!」


 ビュンッ!!


「あ、ちょっと!」


 行ってしまった。おそらく身体強化を発動しているのだろう……戦闘員ではない私では肉眼で追えない速度で敵に突撃していった。


 それにしても、今あの少年は翠緑龍の名を口にしていた。それは数百年前に居た、尋常ではないほどに強い竜操師が従えていた存在のはずだ。


 竜操師は劣等心術と言われてはいるが、歴史上に数える程度ではあるのだが、強大な力を持つ竜操師の心術使いがいた。


 まさかそのうちの1人が従えていた翠緑龍と彼が契約しているのか? だとすれば、彼が従えているのは竜なんて言う軽い存在じゃない。


 "真龍(しんりゅう)"だ。


 真の竜族と言われ、現代に生息している中級や下級の竜は全てこの龍たちから派生して生まれた存在だ。

 故に真龍は全ての力において、最強だ。そんなわけで、同じ竜族でもあまりにその存在に差がありすぎるので、竜と真龍は別物として考えられるようになった。


 そんな真龍を従える心術を昔はこう呼んだそうだ。


 "真龍召喚(しんりゅうしょうかん)"


 竜と真龍、両方を呼べる力だ。とても強力であり、とても希少だ。極めれば、優等心術の者たちでも一部の上位者しか対抗できないとまで言われる。それほどまでに圧倒的な力なのだ。


「まさか、昔私が何気なく手にとった書物の知識がこんなところで役に立つとは……」


 私は思わず独り言をこぼしてしまった。



 これは、運命の出会いなのだろうか? 帝国との対立が明確になって来たこの時期に、このように将来有望な存在に出会えるとは……。


 そしてこうも考えられる。おそらく彼は冒険者。何か事情があって、こうして1人で生きているに違いない。もし、この子が何も知らずに帝国の人間と出会い、取り込まれて将来的に我が国の脅威となっていたら……


「考えるだけでもゾッとする……」


 

 この時期に、そしてまだまだ成長段階のこの年齢で出会えたことを神に心から感謝するべきだな。




 

 そんなふうなことを考えていると、戦いに動きがあったようだ。



「チィッ!! なんなんだよ、お前! お前は関係ねぇだろ!」

「関係はある! 僕がこの国の出身で、この国の人が襲われている。 助けない理由はない!」

「ほう、殊勝な心がけだな! 見たところお前は竜操師なのだろう? よくもまぁ、その心術で俺様に戦いを挑もうと思ったものだ。美しき勇気なのか、ただの蛮勇なのか、今から確かめさせてもらうとしよう!」

「上等だよ! 翠緑竜!」

「任せろ! ヌンッ!!」


 

 目の前の少年、いやイザークと言ったか? イザークが指示を出すと、翠緑龍は手に何やらエネルギーのようなものを収束させ、巨大な爪を作り出した。


 敵の男が驚き、私が驚き、そして何よりイザーク本人も驚いている。それはそうだ。竜操師の力で呼び出せる竜は下級が限界のはず。特殊能力を使い出すなんて誰も思っていなかっただろう。


 だが実際に使っている。それは事実として消えないわけで……。ここからは対応が分かれた。イザークは使えるなら使おうと、そのまま龍に指示を出した。


 そして敵の男はいまだに状況に追いつけていない。しかしそのわずかな差が男の未来を確定的なものへと変えた。それはもちろん悪い方向へと……


 翠緑龍はその長い爪で男に襲いかかり、切り裂いた。男は寸前で両手で防御したようだが、防ぎきれなかったようだ。


「ヌォッ!! クソッ!」


 そのまま男は地面に叩きつけられた。腕もかなりの傷だ。そしてそれを好機と見たイザークが、トドメを指しにかかる。


「翠緑竜! 決めるよ!」

「承知! では主は少し下がっていろ!」

「うん」


 イザークと竜が少しやり取りをした後、イザークが後ろに下がった。その直後だった。


「おい、人間。貴様、なかなかの使い手のようだが、相手が悪かったようだな。恨むのならば、数百年ぶりに人間界に顔を出していた我と出会った己が運の無さを恨むんだな」

「ほざけ! 何勝った気でいるんだよ! 調子に乗りすぎだ!!」


 男はそう言って心力を爆発的に解放した。


「灰すら残さず消えた後、あの世でせいぜい後悔するがいい!」

「その言葉そっくりそのまま返してやろう! 主! 心力をもっとくれ!」

「え? あ、うん」


 翠緑龍はイザークから供給してもらった心力で膨大なエネルギーをその身に圧縮し始めた。すると、翠緑龍の体が激しく発光し始めた。まるで周囲から光を集めているかのように……そして、時は満ちたようだ。私が見ている前で、信じられない光景が繰り広げられる。


「ははは!! 本当に馬鹿な奴らだ! 俺が準備を終える前に叩き潰せばいいものを! わざわざ俺に時間を与えるような真似をして。せいぜい後悔するがいいさ! じゃあな、死ね! ケイオス・インフェルノ!」

「時間を与えても問題ないからそうしたのだ、愚か者め。そろそろ目障りだ。死んでおけ。プロミネンス・ノヴァ!」


 敵の男の、超高温で青黒い炎と、翠緑龍の体に光が吸収され、それをおそらくエネルギーとして放った黄緑色の光線がぶつかり合った。しばらく拮抗しあったが、最終的に男の方が押し負けた。そして光線は男を呑み込み、跡形もなく消し去った。


 それから背後に広がっていた森林をまっすぐに突き抜け、直線上にあった木々を根こそぎ焼き尽くし、そこで心力が切れたようだ。終わってみれば、イザークと翠緑龍の圧勝である。


 本当に信じられない。真龍を従える竜操師とはこれほどまでの存在なのか……改めて舌を巻いた私であった。



 だが今はそんなことよりも、イザークへの対応である。


「イザーク君、だったね。私たちの危機を救ってくれて本当にありがとう。心から礼を言わせてもらう」

「い、いえ! たまたま通りがかっただけですので、お礼なんて……」

「そうはいかない。きちんと王都にある我が屋敷に招待してもてなしたい。君は見たところ冒険者だろうから忙しいとは思うのだが、少しでいいのでお付き合い願えないだろうか?」

「は、はい。大丈夫です」


 イザーク君は少し驚いたような顔をしていた。まさか屋敷に呼ばれるとまでは思っていなかったのだろうか? とにかく無事に問題を片付けられて本当に良かった。


 それもこれも全てイザークのおかげだ。精一杯のお礼をしなければならない。


 そんなわけで、私たちは急ぎ王都へと馬車を急がせたのだった。

 

 

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