学園入学
イザークが王宮で国王と謁見をしてから、早数ヶ月が経った。今日も今日とて、勉強に訓練にと、忙しい日々を送るイザークとユリアン。
今も心術での戦闘訓練中である。
バキィーーーンッ!!
ドゴーンッ!!
ズドーンッ!!
イザークが冒険者として働き続けていた影響で増えた竜の仲間、そのうちの一体である炎の中級竜フラムが炎のブレスでユリアンに攻撃する。
それに対してユリアンは光の壁のようなものを作り出して防ぐ。そして両者の術が衝突し、発生した爆風の中を突っ切る1人の影。
その身に数ヶ月の特訓で練度を上げた身体強化を纏い、剣にありったけの力を乗せて振り下ろす。
バキィーーーンッ!
ユリアンは手に持つ剣に光のエネルギーを纏い、その攻撃を受け止める。衝撃で足が数十センチも後退した。
「相変わらずの馬鹿力だね、イザーク!」
「そっちこそ、簡単に受け止めてくれるじゃないか、ユリアン!」
その後数回にわたって斬り合いが続き、最後にイザークが後ろに飛び退き、フラムにブレスの指示を出すと、それに対抗するようにユリアンも光線を放つ。
再び爆発が起こり、その煙が晴れたと同時に2人に声がかかる。
「はい、そこまで!」
「はぁはぁ、もう終わり? イザベラ」
「ふぅ……正直物足りないよ。ねぇユリアン?」
「うん、僕たちまだいけるよ?」
イザークとユリアンの、その息ぴったりな質問攻めに軽く溜め息を吐くイザベラ。
「はぁ……お二人とも、周囲を見渡してください」
「え? 周囲?」
「?」
イザベラの言葉に揃って首を傾げながら、言われた通りに周りを見渡すイザークとユリアン。そしてその光景を見て思わず顔を引き攣らせる。
「お二人とも、確かに今日は日頃の成果の確認のため、久しぶりに心術を戦闘訓練に使っていいと申し上げましたが、正直……やり過ぎでございます」
「あ、ははは……はは」
「これは……うん、張り切りすぎたかも……」
おそらく、完全に周囲の状況など眼中になかったであろう2人の様子に、再び呆れた様子を見せるイザベラ。
「後処理はこちらで済ませておきますので、お二人はシャワーを浴びてから楽器の授業の準備をなさってくださいませ。楽器自体の用意などはすでに完了しておりますので」
「「は〜い」」
その後1時間にわたって公爵家中にとても10歳が奏でているとは思えない音色が響き渡った。
「いやー、それにしてもユリアンはヴィオラとフルートが凄く上手だね! 他の楽器も上手だけど、その二つは別格に感じるよ」
「ははは、ありがとう。でもそれを言うならイザークはピアノとヴァイオリンがすごく上手でしょ。あぁ、あとオルガンとサックスも上手だよね」
「ふふ、そうだね。確かに得意かも」
2人はそれまでにこやかに話していたが、急に悪そうな笑みに表情を変える。
「ねぇ、今の僕たちって相当イケてるんじゃない?」
イザークのその言葉にユリアンも首を縦に振ることで同意を示す。
「そうだね。実際にイザークが社交界とかで、そのヴァイオリンやピアノの実力をいきなり披露したら、女の子たちはイチコロだろうね」
「ははは、またまた。でもそれはユリアンにも言えることじゃない?」
2人はもう一度顔を見合わせ、ニヤつく。その時、2人の頭頂部に軽いゲンコツが落とされた。
「こら、2人とも。せっかく可愛らしいお顔で生まれてきたのですから、その様に下品な顔をしてはいけません」
「母上!」
「いつの間に!?」
驚く2人を無視してアンネリーゼは言葉を続けた。
「全くもう。この辺りの部屋からものすごく綺麗な音色が聞こえてきたから、すぐにあなたたちの演奏だとわかったの。だから見にきたと言うのにいざ着いてみれば、兄弟揃って悪い顔をしているんだもの」
イザークとユリアンはひたすら作り笑いでアンネリーゼに笑いかけている。
「それで? 結局どんなお話だったのです?」
イザークとユリアンは話していた内容が内容だったので、恥ずかしかったが、結局はアンネリーゼにも先ほどの話をすることにした。すると突然、アンネリーゼは笑い始める。
「あははは! 2人とも、その年ですでに女の子のお話ですか。何ともまぁ、微笑ましいですわね」
イザークとユリアンはアンネリーゼにそう言われ、耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに俯いた。その様子に、アンネリーゼは優しげな顔をしながら言葉を続ける。
「そんなことをイヤらしい顔で考えなんてしなくても、あなた達の魅力ならば、十分女の子の心を射止めることは可能ですわ」
「ほ、本当でしょうか?」
ユリアンの言葉にアンネリーゼはしっかりと頷くことで返事とする。
「貴方達は既にとても頑張っています。そこらの並の殿方よりもずっと、ね。その上で凄く難しいと言われている音楽まで、奏でることが出来るんですから、正直無敵すぎるくらいだと思いますわ」
「そ、そんなに、ですか?」
イザークがそんな大袈裟なといった顔で尋ねたので、アンネリーゼは至って真面目な顔で言葉を返す。
「だって普通に考えてごらんなさい。2人とも勉強はできるし運動全般も問題ない。それどころか剣術も心術の扱いも、音楽もお手のもの。それでいて容姿はどうかと言うと、2人揃って美男と来ました。もし私が貴方達と同世代の令嬢でしたら、間違いなく狙ってますわね」
イザークとユリアンはあまりにも、アンネリーゼが誉め殺しにしてくるため、とても恥ずかしそうである。
「とまぁ、そう言うわけで、あんなイヤらしい顔をしながら一生懸命考えることではないと思いますわよ? 放っておいても令嬢達から寄って来るでしょうし」
「あ、あははは……」
「そ、そうですね。次からは気をつけます」
「ふふ、そうしてくれると嬉しいわ。私は貴方達が元気に明るく笑っている姿の方がずっと好きですもの」
アンネリーゼの本心だと思われるその言葉に嬉しくなった2人は、満面の笑顔で返事をする。
「「はい! 母上!」」
「ふふ、宜しい」
イザークとユリアンのあまりにも可愛らしい返事に、アンネリーゼは上機嫌で頷いたのだった。
「ところで、2人とも」
アンネリーゼが話題を変えるようにイザーク達に声をかける。
「そろそろ2人とも学園に入学する時期ですわね」
そう言われて、確かに! と言った様子で思い出した2人。その顔にはとてもワクワクしている様子が見て取れる。
「どう? 2人とも。ちゃんと学園で流行っていけそうかしら?」
アンネリーゼのその質問にイザークとユリアンはほぼ同時に答えた。
「はい!」
「勿論です!」
その様子にクスッと微笑んだ後、真剣な顔になる。
「2人とも、良いですか?」
いつもよりも真剣なアンネリーゼの様子に、自然と姿勢を正して話を聞く態勢になる2人。それを確認した後、アンネリーゼは再び話し始める。
「私は2人がとってもとっても頑張っていたのを知っています。勉強も心術も武術も音楽も。全てにおいて直向きに頑張っていた貴方達の様子をずっと見てきました」
そこで一度言葉を切ったアンネリーゼは、緊張した様子で話を聞いている我が子2人の顔を見渡して、一つ頷くと言葉を続けた。
「学園に入ると寮生活となります。ですので、使用人は付いていけますが、私たち家族がついて行くことはできません。貴方達2人については同世代入学なので話は別ですがね。しかし私は確信してます。貴方達ならば、学園に入ってもしっかりとやっていけると」
2人はその言葉を聞いてうっすらと目に涙を浮かべた。離れ離れになる寂しさもあるが、何より、母に今までの自分の努力を認めてもらえると言うのは、子供にとって何よりも嬉しいことだからだ。
「しっかり励んできなさい。そして立派な貴族紳士となって戻ってくるのよ」
「「はい! 母上!」」
イザークとユリアンの力強い返事を聞いたアンネリーゼも、少し目に涙を浮かべながら、2人を力一杯抱きしめた。
「2人とも、愛してるわよ」
その言葉が決め手でイザークとユリアンは完全に泣いてしまい、しばらくアンネリーゼから離れなかった。
少し前のお話でもチラッと出てきましたが、この世界は楽器も同じと言う設定です。変にアレコレ考えた名前よりも、分かりやすいかと思いまして。
それでは、本日もお読みくださり、ありがとうございました!




