ベネディクト16世とオットー・バルシュミーデ公爵
時はイザークが公爵家に迎え入れられた日の翌日にまで遡る。
私は急いでいる。非常に急いでいる。何故って? 理由は当然イザークのことだ。彼の存在、才能は国にとっての宝だ。我が国では帝国に比べて優等心術と言われる力を持つ者が少ない。その中でも特に光や闇といった、優等心術においても尚優れていると言われる能力持ちが本当に少ない。
勿論光や闇以外にも強い力はあるが、それも少ない。他の周辺諸国に比べれば、我が国も相当な力を持つ国ではあるが、帝国と比べると、やはりどうしても武力においては不安が残る。
そんな中で彼に出会った。これは奇跡としか言いようがない。勿論彼を本当の家族として迎え入れたいのは本当だ。
だが打算があるのもまた事実。そのことについては、おいおい彼にも話していこうと思う。とにかく今は我が国にて、歴史に名を残すかもしれないほどの逸材が現れたと言うことを陛下にお伝えしなければならない。
王宮の城門に馬車が到着したようだ。いつも通り我が家の家紋を確認した衛兵がすぐさま通してくれる。
王宮に入ると、私はすぐに陛下の執務室へと向かった。本来ならば、会談の事前連絡を入れて、応接室を開けてもらってからの方がいいのだが、今はそんなことも言っていられない。
私が帝国の刺客に狙われたことも報告しなければいけない。あれは確実に帝国の人間だった。言葉の訛り方、服装などなど。特に服装に関しては、私が帝国に放っている密偵から受けた報告に書かれている、帝国の軍人たちが身につける衣装となんら相違はなかった。
ということは、だ。ほぼ間違いなく帝国の人間ということだ。これは近いうちに戦争になるかもしれない。自分で言うのもなんだが、王族に最も近い公爵を狙ったのだ。立派な国際問題であると言える。そういう意味でも、陛下にしっかりと進言しないといけない。
しばらく廊下を歩くと、目的の陛下の執務室が見えてきた。ドアの前に着くとすぐにノックした。
コンコン
私がノックをすると、すぐに執事の者が出てきて来訪者が何者であるかの確認をしてきた。そして私の顔を見た瞬間にドアを開き、横に控えて道を開けた。
「おお、其方かオットー。伯爵領までわざわざご苦労であったな。とりあえずそこのソファーに座るが良い」
「お気遣い、感謝いたします。では、お言葉に甘えて失礼致します」
「それにしても、ようやく軍務大臣の其方が戻ってきてくれて助かったぞ。これでようやく遅れ気味だった軍部の執務が捗りそうだ」
「そう仰って頂けますと、こちらとしてもとても嬉しゅうございます」
そうして一通り挨拶代わりのやり取りを済ませた私達は、早速本題に入った。
最初に口を開いたのは陛下の方だった。
「さてオットーよ。今回これ程までに急いで来たのには何か理由があるのであろう? 申してみよ」
「はッ、実は伯爵領からの帰路の途中で、とある人物に襲われました」
「何ッ!? 其方が襲撃されたのか!?」
「左様でございます。そして各国に放っている密偵からの報告と照らし合わせた結果、おそらく帝国の軍人である、という事が分かりました」
「なんとまさか……いや、仮にそうであったとしてもだ、表立って動くことはできん、そういうことを言いたいのだな? 其方は」
流石は陛下。私の言いたいことをいつも察して話を楽に進めてくださる。
「仰る通りでございます。いくらほぼ確定的な証拠を手に入れたとはいえ、もう少し背後関係を調べる必要があるかと。いくら帝国軍の制服と限りなく似ているとしても、知らぬ存ぜぬを貫き通されれば終わりです。それに帝国以外の国が帝国を嵌めようと動いている線も考えられます」
「なるほどのぉ。慎重に動かねば起こす必要のない戦争を引き起こしかねないというわけだな」
「はい」
そこで一度沈黙が流れた。しかし私が次の報告を口にしようとしたその時、またもや陛下が先に口を開かれた。
「ことの顛末は大体理解した。しかし気になるところもある。それは、なぜ其方らはその帝国の刺客を生け捕りにせず殺してしもうたのだ?」
やはりこの質問は来ると私も思っていた。私自身も今までにそのようなヘマをしたことがないので、正直悔しいところではあるし、出来れば陛下のおっしゃる通り、生け捕りにして情報を吐かせたかった。
しかしそれは仕方のないことであった。今回は自分たちの力だけで敵を退けたわけではないのだから。そんな贅沢を言うことは出来ない。命があるだけありがたいと思うべきだろう。
「陛下それについても、ご報告申し上げなければならない事がございます」
「で、あろうな。お主がなんの問題もなければ、そのような失態は演じぬであろうからな」
「信頼していただき、恐悦至極であります。では早速、その生け捕りに出来なかった点についてですが……」
そして私は次々にあの場で起こった衝撃的な出来事について陛下に語った。陛下は最初、竜操師の心術なんて報告する事があるのか? と言いたげな反応だったが、途中から、その顔から聞く気のなさが消えて行った。
流石に"真龍召喚"の心術については王族も知っている事で、まさか自国の民がその力を保持しているとは思いもしなかったのだろう。しかも権威ある貴族の出であるならば、尚更関係を持っておきたいはずだ。
会話にのめり込むのも仕方ないであろう。その後も詳細に話すべきだと思ったことを報告していった。
「ふむ、なるほどなるほど。それは絶対にその少年を保護すべきだな。よくやったぞ、オットーよ。ここ数年で一番嬉しい報告であった」
「ありがたきお言葉でございます」
「してオットーよ、今その少年は其方の家におるのだな?」
「はい、養子として迎え入れております」
「ふむふむ、そうか……ッて何!? 養子だと!?」
やはり驚かれたか。私も正直急展開すぎるとは思ったのだ。しかし使用人や戦闘員として雇うだけでは、平民であることに変わりはなく、結局イザークを守ってやる事があまり出来ない。そう考えるとやっぱり正式に貴族の一員として、公爵家子息として居てもらう方が断然良い。それと私自身や私の家族が彼と家族になりたいのだ。
そういうわけで養子とすることにした。それについても陛下に話した。
「そうか。確かにその方法が一番安全だな。だが本当に大変なのはここからだぞ? 一度は貴族界を退くこととなったとは言え、もう一度貴族の世界に入って来たのだ。しかも以前の子爵家よりも圧倒的上位の公爵家の人間として。当然今までになかった大貴族たちとの関わりも増えてこよう。本人はその辺りどう考えておるのだ?」
「イザークはとても聡明な子のようで、子爵家の子ではありますが、かなり広く物が見えております。なので今後については、まだ聞いておりませんので分かりかねますが、私から見て、その辺りは全く問題ないだろうという判断であります」
私がそう断言すると、陛下はかなり驚いた様子だった。
「なんともまぁ、其方がそこまで評価するか……相当な逸材のようだな」
「はい。彼は今までに子爵家で教えられていた以上のものを身につけていると考えます。しかし子爵家で学べる事に限界があるのもまた事実。その辺りは私が補足しながら教育していこうかと考えております」
「うむ、それならば安心であろう。そうかそうか……相わかった! ではその子のことについては、一切合切を其方に一任する。必ずや立派な貴族として鍛え上げ、それと同時にその身に宿す才能も余さず発揮できるように導いてやれ。それが本人のため、ひいては国家のためにもなる」
「御意」
そこまで話し終わって、一度沈黙が流れた。互いに少し冷めたお茶を口にして、静かに時が流れる。だがふと陛下がまた口を開かれた。
「取り敢えず、少年イザークの報告についてはこのくらいで良いだろう」
「はい、私も話さねばと思っていたことは全て話せましたので」
「では次の段階について話をしておこう」
「次の段階、とは?」
「その少年の余への謁見についてだ」
「!?」
「そう驚くことでもなかろう。元々彼は冒険者という、実績を評価されてなんぼの職に就いておるのだ。そして今回、お主を刺客から守り切るという、功績と呼ぶに相応しい働きをした。正式に謁見の場を作るのは何も不思議ではなかろうて」
初めは陛下は一体何を仰っているのだ! と思ったが、よくよく考えてみるとその通りだ。イザークは刺客から狙われて命を落としかけていたバルシュミーデ"公爵"を助けたのだ。誰にでもできることではない。
王宮に呼ばれて然るべきだろう。そんなことを考えていると、再び陛下が口を開いた。
「それとな、余も是非そのイザークという少年に会ってみたい。そういうわけでオットー、謁見だ」
「は! かしこまりました」
こうして私の第二の息子、イザークは国王陛下という最強の人物を味方につける事に成功したのだ。




